情報処理学会(所属していましたw)こんな面白いものありましたw

 

指導教官はフェローだったんだけど、学術界だけの人だったので、メーカの研究者の技術には関心がありませんでした。

 

私がN社出身で、RDBも扱っていたけれど、ふーん、、、とだけ。

 

他に社会人博士とか(私は修士の頃には主婦あがりだったので、若い子に混じって一般入試受けましたけど)の人には大学関係というより研究所に旅立たせはったなあ。。。

 

ちゃんと学会でかかわった人たちや実績に讃美送ってるじゃん!

 

 

 

水野さんがいらっしゃるころ働いていましたwww


それにしても偏屈な人だったなあ。。。(学術界しか知らない学者さんに偏屈じゃない人知らないけどw)

 

ん~、、、違うな。偏屈ってご自分でおっしゃっていたけど、偏屈じゃなくて単なる意地悪な人。(書いちゃったw)

 

なんか、今になって、攻撃される筋合いない、って証拠?みつかるなあ。。。

 

右も左も分からない世界で翻弄されていたし、頼りはその道の先輩とか指導教官とかだったもんね、、、

指導を乞うていたけど、

 

アホだったなあ。。。。

そういう意味で世間知らずだったwww

 

学生配置で大学から予算が出るというだけで、実質指導する気はなかったんだ。。。

そりゃ研究費たくさんあるといろいろできるもんね。

たんなる駒だったなあ。。。

 

先生の師匠は、

 

 

読んでみると矢島先生も独自の関係データベースを創られた方だったから、

私が自分が作ってもいないし、しかも他会社のN社のRDBのこと話したりしたから一気に気に入らなくなったのかもね。。。

(しらんやん。。。知らんとは恐ろしい。。。そこまで調べてご機嫌取らないといけなかったのか。。。orz)

 

あれ?でも、

https://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/26/3/26_153/_pdf/-char/en

という昭和58年度の第18回(昭和58年度〉日本科学技術情報センター丹羽賞(学術賞及び功労賞〕の表彰式の報告を見ると、、、

実質は上林先生が表彰されている。。。。あれれ???

矢島先生が教授の時の准教授(当時は助教授)でいらして、、、私が入学した時の専攻長でいらして、翌2月に急逝されてしまった、天才と言われた先生。。。(副査になっていただく予定でした。。。(´;ω;`)ウッ…)


まあ、当時の総長も長尾先生だったし、、、、直属?直系?なんというの???

指導教官こそが、先生方を誉にされていたので、そっかー、、、指導教官の先生からすると私は浮気?横道?だったのかな💡

 

新しいことをするのに、ちょっと外を見に行くことなんて必要じゃん💦💦

え、違うの???

あれれ。

 

とにかく、他の学生(主に後輩)のうち、実直でそういう方向でのたちまわりが指導教官からするとうまくない学生さんたちは結局、休学を経て中途退学するか、そのまま中途退学するか(博士課程の中間諮問会を通らなかった、あるいは諮問会を受けなかっ場合、中途退学と表します。)になっちゃってた気がする、振り返ると。。。

ある時から結構頻発したよね。。。
 

いろいろ複雑事情が皆を襲ったんでしょうね。。。。

。。。とやっとそこそこの結論づけることができました。(気持ちの整理が部分的にできつつある、と同義)

 

さて、そんでもって、これからどう生きたらいいのかな。。。

ここに来て、色々何十年も悶々としていたことが、色々情報が揃って来て(見つけられて)「そうだったのか💡」になって、あらら~、って感じ。

ま、まずは病気(体調)の回復(寛解)目指さなきゃ、なんだけどねwww

 

おやすみなさい☆彡