「努力」という言葉が嫌いな人がいる。
自分もその一人だろう。
毛嫌いはしないが、言われて好きな言葉ではない。
が、人に対しては「努力」してきたんだな、素晴らしい!
とどちらかといえば良い言葉として使用している。
成功者が地道に行ってきた「努力」は、
本人は成功への「仕組み」と捉えたりしているが、
それを作るのにやっぱり「努力」はしているのだろう。
嫌いだからとは言ってられない、
成功者は言葉は違っても地道に「努力」を続けている。
「努力」という言葉が嫌いな人がいる。
自分もその一人だろう。
毛嫌いはしないが、言われて好きな言葉ではない。
が、人に対しては「努力」してきたんだな、素晴らしい!
とどちらかといえば良い言葉として使用している。
成功者が地道に行ってきた「努力」は、
本人は成功への「仕組み」と捉えたりしているが、
それを作るのにやっぱり「努力」はしているのだろう。
嫌いだからとは言ってられない、
成功者は言葉は違っても地道に「努力」を続けている。
屈辱を得た後に考えた。
前回のブログの最後に書いた通り、やっぱり自分の考えは変えられない。
ひとつわかったことは、今自分が置かれている環境にいたら幸せにならないという事。
自分は何をやりたいのか、再度考えてみたがやっぱり自由を得ることだろう。
すべての自由。
そのためには今の環境から抜け出そう。
尊敬できない人、まわりからもあの人は尊敬できないといわれている人を上司から尊敬しろと言われた。
こんな屈辱はない。
自分の判断は間違ってない。
尊敬できないものはできない。
自分より30年長く生き、人を見る目がある からと言って、
その人のすべてを知っているわけではないじゃないか。
人をプラスの目で見るのはもちろん良いことだが、その角度でしか人を見ないのに、
それで100%その人間を信用しろとは無理だ。
勿論完璧な人間はいない。
しかし、もうちょっとまともな事を言う上司かと思っていたのに残念・・・。
I am not going to change what I think is RIGHT!!