ハルジオンの腕輪 -2ページ目

ハルジオンの腕輪

娘の障害を受け入れながら、母親として日々生活をこなしていく朝香。ある日幼稚園で夢見病の話を聞いて…。母親目線の短編小説

その夜。

いつものように、ナナミとチアキと三人でお風呂に入る。

チアキはまだ立てないから、赤ちゃんのように横抱きにして洗う。

もっと大きくなって抱っこ出来なくなったら、いよいよ介護用品がいるのかな。

そうぼんやり思いながら、チアキを抱き締め浴槽に入った。

 

「ねえ、お母さん…見て」

 

ナナミが不安そうな声で指さしたのは、そうた君ママから貰ったブレスレットだ。

 

「え……血?」

 

もともと赤いブレスレットだったが、

もっと濃い赤色が、ブレスレットの中でミミズのように浮いている。

血が浮いているようで、気味が悪い。

 

「なにこれ……」

 

外そうとしたが、取れない。

ハサミで切ろうかと思ったけど、なんだかそれも怖い。

 

「凄いね!温かくなったら色が変わるのかな?」

「やめて!」

 

ナナミがブレスレットに触ろうとしたので、咄嗟に叫んでしまった。

急いで子供と自分の体を拭き、ハサミを探して切ろうとするも、外れない。

早く外したい。

でもチアキが眠たそうにして大泣きし始めてしまった。

仕方なく、今はそのまま寝ることにした。

そうた君ママ…、あの公園の隣に来てるって言ってたな…

明日、どうやって取るのか聞いてみよう…。

 

 

 

 

カシャン…カシャン……

 

「……。」

 

ザーーーー

 

「……ん。」

 

水の音で目が覚めた。

ふと窓に目をやると、薄っすら明るくなり始めていた。

 

「………え!今何時!?そのまま寝落ちしちゃった!やばい!キッチンそのまま!」

 

キッチンに向かうと、旦那がムスッとした顔で食器を洗っていた。

いつものように、スマホゲームして寝落ちして、

朝方起きたけどキッチンがそのままだったから、仕方なくやってくれてる感じ。

 

「…ごめん、そのまま寝ちゃった…」

 

「…え、いいけど……。別に。」

 

良いよって顔じゃない。

専業主婦なのに、家事もまともにせずにグーグー寝てるんじゃないって顔だ。

 

「ごめん、変わるよ。」

 

「もう終わるから大丈夫。」

 

そういって蛇口から出ていた水を止めると、台拭きを干した。

 

しまったな…。歯も磨かず寝てしまった。

朝の4時。

今から寝たって、一時間後にはナナミのお弁当を作る時間になる。

このまま起きていよう…

洗面台に行き、顔を洗おうとした時、手首に腕輪があるのを思い出した。

赤黒くなっている。

本当に血みたい…。

薄気味悪いが取る方法も思いつかない。

今日、そうた君ママ来るかな……

 

 

ナナミを幼稚園に送った後、チアキの病院へ向かった。

今日は脳神経外科の定期受診の日だった。

脳神経外科の先生は、チアキの病気発覚から手術まで

ずっと面倒を見てくれている。

見た目が結構若くて、若干不安感があるが、

定期健診では、事細かく質問しても比較的きちんと答えてくれる。

なんなら、先生から不安なこととかありませんか?って聞いてくれる。

チアキが急変した時は夕方から緊急手術してくれたし、

土日も休まずに様子を見に来てくれる、本当に良い先生だ。

 

「順調ですね。お母さん何か心配事とかありますか?」

 

「まだ上手く歩けないことが心配です。転ぶとすぐ頭を打ってしまうし。」

 

「そうですねぇ。脳の画像的には傷は見当たらないので、

そこらへんはリハビリの先生と相談してみてください。

必要なら、足の装具も考えていいかもしれませんね。」

 

 

足に装具を付けることになるのか…

もやーんとしながら、会計窓口の列に並んだ。

でも、頭の方が順調ならそれでいいじゃないか。

そう自分に言い聞かせた。

 

病院には、色んな子供がいる。

ダウン症の子が声をあげていたり、

酸素ボンベをお母さんが背負いながら、子供と歩いていたり、

寝たきりの子がバギーで移動していたり、

何カ月も入院している母子も珍しくない。

みんな、どれほどのものを抱えて生きてるんだろう…といつも周りを見回してしまう。

「順調です」と言われ外来診察だけで済むことは、

本当に恵まれたことなのだと思う。

装具が必要ならつければいい。

それで歩けるなら。大したことじゃない。

装具くらいで何言ってるんだと思われそうだ。

でも、この子は一生装具がいるのかと思うと、やりきれない気持ちになる。

私の頭を切ってどこか交換しても、治りませんか。

私の足を切って交換しても、治りませんか。

 

ぼんやりしていると、携帯電話が鳴った。

ナナミの幼稚園からだ。

こんな時間になんだろう…

嫌だな…出たくないな…

でも出なくちゃ…

 

「はい」

 

「あ、ナナミちゃんママの携帯ですか?私、ひだまり幼稚園さくら組担任の山口です。

いつもお世話になっております。お母さん、今日お迎えの後にお時間ありますか?

就学のことについて、少しお話をしたいのですが…」