ブログなるものを書くのは還暦過ぎて初体験。
マナーもルールも知らない初心者なので、非礼が有ればお許し下さい。
出来れば都度ご指導頂くと有り難いです。
中学から吹奏楽部に入り社会人迄続けていました。
転勤して新しいBandを探すのに手間取っている内に仕事が忙しくなり、
吹かなくなって30年が経ってしまいました。
2015年単身赴任先のアパートに深夜に帰宅し
食事を摂りながら何気につけたテレビで
“響け♪ユーフォニアム”
が放送されていました。
‘吹奏楽部ネタのアニメなんてあるんだ’
と思って毎週見るようになりました。
北宇治高校吹奏楽部で起こる様々な出来事に
‘よく走らされたなぁ〜’
‘マーチング練習キツかったなぁ〜’
‘指揮者にボロクソ言われてたよなぁ〜’
などとイチイチ共感し、そして
‘俺にも一つの事に懸命に打ち込んでいた頃があったんやなぁ〜’
と思い起こし、
‘明日も頑張ろうーっと!’
と、勇気付けられていました。
架空の北宇治高校吹奏楽部ですが、何気に充実しているBandです。
オーボエ、ファゴットなどのダブルリード楽器はあるし、
パーカッションにはチューブラーベル、ペダル式ティンパニもある。
パレードコートは部員全員分揃っていて、
主人公の1年生時と2年生時で替わっている。
主人公が入学する10年程前迄にはコンクール全国大会に出場していた強豪校だったのだから、勝手の栄光の遺産なのかもしれない。
でも今の時代、これ位が標準になっているのかなぁ。
私と言えば…
中学時代は特殊楽器は無かったけれど部員全員分の楽器はあった。
高校時代は語るも涙の貧乏Band。
まず部員全員分の楽器は無く個人所有楽器が無いとBandが成りたたない。
特殊楽器は勿論、ユーフォニアムなどは購入後20年以上経過し、
チューバは1番ピストンの頭が折れていた。。
クラリネットのトリガーは壊れていて抑えたあと元に戻らないので、
演奏中は抑えた後指で弾いて元に戻すという高度な技術?が必要。
木管楽器のタンポン不良なんてザラでチマチマと取り換えしていた。
3年生の時フィールドホッケー部がインターハイで男子優勝、女子準優勝して
急遽パレードする事になったけれども、
パレードコートなんて無いものだから
金色の組紐をまとめ買いして部員OB総出でみつ編みしてモール作って、
小学校の鼓笛隊から白ベルト借りて、士官帽は他高校から借りて整えた。
私が1年の時に初めて部員が25人を超えたのだけれど、
全日本吹奏楽コンクールなんてとても無理。
中部6県の中部日本吹奏楽コンクールに出場。
ピッチが合わないのを口👄と気合い?で次第点にし、
タッチだけは完璧に揃えて初出場ながら名古屋本大会出場出来た。
大学時代に初めて特殊楽器の揃うBandに入れた。
オーボエ、ファゴット、Ebクラリネット、アルトクラリネット、
バスクラリネット、バリトンサックス、コントラバス、ペダルティンパニ。
演奏するのが楽しかった。
マーチングの練習は本当にキツかったけれど、
ちゃんとしたパレードコートを着てパレードやドリルをする事に
快感を覚えていた。
大学1年の時の定期演奏会が第10回の節目で
大阪厚生年金会館大ホールでの開催だった。
その後継続して同ホールで定期演奏会を開催出来た。
(勿論満員になるわけではないですが…)
いつしかマーチングの方が好評を呼ぶようになり、
来場した高校生達が
‘上や!上や!○大はドリルやで!上に行かんと!’
2階席から埋まっていってました笑。
還暦過ぎた事を期に今年5月に大学時代の同窓会を開く事となり、
今ラインで同期達とやり取りしています。
(便利な世の中になったものです)
在阪の同期に吹奏楽部の現状を聞くと、
私達が4回生の時は70人程いた部員数は半分以下となり、
定期演奏会も大学内のホールで開催、
昨年からはドリルも行なっていない。
一番驚いたのは毎日練習していないという事。
高校以降土日祝日休み無く練習していた私達世代は
もう過去のものなんでしょうかね。
昨今部員勧誘にも大学当局から厳しい制約が課せられ、
新入生の身体に触れたら部の活動停止処分になるという。
中学高校の吹奏楽部経験者の女子化が進み、
経済的部経営学部の単科大学で男だらけの環境では厳しいのかも…
今は吹奏楽の演奏会すらなかなか足を運ぶ機会がなくなりました。
時々自衛隊や警察の音楽隊がイベントに来演するという情報に触れると
血が騒いで(笑)出向いてしまいます。
身体に染み付いてしまっていると云う事でしょうか…
マナーもルールも知らない初心者なので、非礼が有ればお許し下さい。
出来れば都度ご指導頂くと有り難いです。
中学から吹奏楽部に入り社会人迄続けていました。
転勤して新しいBandを探すのに手間取っている内に仕事が忙しくなり、
吹かなくなって30年が経ってしまいました。
2015年単身赴任先のアパートに深夜に帰宅し
食事を摂りながら何気につけたテレビで
“響け♪ユーフォニアム”
が放送されていました。
‘吹奏楽部ネタのアニメなんてあるんだ’
と思って毎週見るようになりました。
北宇治高校吹奏楽部で起こる様々な出来事に
‘よく走らされたなぁ〜’
‘マーチング練習キツかったなぁ〜’
‘指揮者にボロクソ言われてたよなぁ〜’
などとイチイチ共感し、そして
‘俺にも一つの事に懸命に打ち込んでいた頃があったんやなぁ〜’
と思い起こし、
‘明日も頑張ろうーっと!’
と、勇気付けられていました。
架空の北宇治高校吹奏楽部ですが、何気に充実しているBandです。
オーボエ、ファゴットなどのダブルリード楽器はあるし、
パーカッションにはチューブラーベル、ペダル式ティンパニもある。
パレードコートは部員全員分揃っていて、
主人公の1年生時と2年生時で替わっている。
主人公が入学する10年程前迄にはコンクール全国大会に出場していた強豪校だったのだから、勝手の栄光の遺産なのかもしれない。
でも今の時代、これ位が標準になっているのかなぁ。
私と言えば…
中学時代は特殊楽器は無かったけれど部員全員分の楽器はあった。
高校時代は語るも涙の貧乏Band。
まず部員全員分の楽器は無く個人所有楽器が無いとBandが成りたたない。
特殊楽器は勿論、ユーフォニアムなどは購入後20年以上経過し、
チューバは1番ピストンの頭が折れていた。。
クラリネットのトリガーは壊れていて抑えたあと元に戻らないので、
演奏中は抑えた後指で弾いて元に戻すという高度な技術?が必要。
木管楽器のタンポン不良なんてザラでチマチマと取り換えしていた。
3年生の時フィールドホッケー部がインターハイで男子優勝、女子準優勝して
急遽パレードする事になったけれども、
パレードコートなんて無いものだから
金色の組紐をまとめ買いして部員OB総出でみつ編みしてモール作って、
小学校の鼓笛隊から白ベルト借りて、士官帽は他高校から借りて整えた。
私が1年の時に初めて部員が25人を超えたのだけれど、
全日本吹奏楽コンクールなんてとても無理。
中部6県の中部日本吹奏楽コンクールに出場。
ピッチが合わないのを口👄と気合い?で次第点にし、
タッチだけは完璧に揃えて初出場ながら名古屋本大会出場出来た。
大学時代に初めて特殊楽器の揃うBandに入れた。
オーボエ、ファゴット、Ebクラリネット、アルトクラリネット、
バスクラリネット、バリトンサックス、コントラバス、ペダルティンパニ。
演奏するのが楽しかった。
マーチングの練習は本当にキツかったけれど、
ちゃんとしたパレードコートを着てパレードやドリルをする事に
快感を覚えていた。
大学1年の時の定期演奏会が第10回の節目で
大阪厚生年金会館大ホールでの開催だった。
その後継続して同ホールで定期演奏会を開催出来た。
(勿論満員になるわけではないですが…)
いつしかマーチングの方が好評を呼ぶようになり、
来場した高校生達が
‘上や!上や!○大はドリルやで!上に行かんと!’
2階席から埋まっていってました笑。
還暦過ぎた事を期に今年5月に大学時代の同窓会を開く事となり、
今ラインで同期達とやり取りしています。
(便利な世の中になったものです)
在阪の同期に吹奏楽部の現状を聞くと、
私達が4回生の時は70人程いた部員数は半分以下となり、
定期演奏会も大学内のホールで開催、
昨年からはドリルも行なっていない。
一番驚いたのは毎日練習していないという事。
高校以降土日祝日休み無く練習していた私達世代は
もう過去のものなんでしょうかね。
昨今部員勧誘にも大学当局から厳しい制約が課せられ、
新入生の身体に触れたら部の活動停止処分になるという。
中学高校の吹奏楽部経験者の女子化が進み、
経済的部経営学部の単科大学で男だらけの環境では厳しいのかも…
今は吹奏楽の演奏会すらなかなか足を運ぶ機会がなくなりました。
時々自衛隊や警察の音楽隊がイベントに来演するという情報に触れると
血が騒いで(笑)出向いてしまいます。
身体に染み付いてしまっていると云う事でしょうか…