はじめまして。ブログとかはじめてなんでまだよくわからないが、自分への記憶管理日記みたいなものとして。
競馬人生30年。2017はどんな1ページを自分の中に刻むのか。
若かりし時、調教厩務員の道を志すも、寸前まで馬券で潤っていた自分はそのまま馬券買いとしてひた走る事となり、ダラシナイ人間まっしぐら…。何とかかんとか30年の月日を馬券主体で生きてこれてはいる。とは言うものの、ゆとりが持ててるわけではない。巧く回してこれた、というだけ。地ベタ這いつくばった時期もあり、羽振り良さに馬鹿やらかした事も。完全に世の中日常からドロップアウトの馬鹿野郎だ。酸いも甘いもとよく言うが、正しく人として行っては行けない領域まで知ってしまったからには、此れ我が人生なのだろう。人並みの日常、幸せなど求めてはいけない余生となった。自業自得。決して競馬が自分をそこに引き込んだと言ってるのではない。ギャンブルが自分を駄目にした訳ではない。生まれ持った運命とやらさ。
2016は50本位万馬券仕留めたな。いや、70位か。それでも一年間通し概算でマイナス30ってトコ。やはりね、ここぞで決め打つ時仕留めきらないとな、プラス収益には至らない。2016はここぞ、が弱かった。
2017を迎え、三が日も過ぎりゃやはり心踊ってくる。しかし昨今、馬券は馬の見立てだけじゃ獲りきれなくなってる。そりゃ馬が抜けて強ければ違うが、年々増して情報なくして馬券にならない。純粋なる?競馬ファンにとっては当たるわけがない。『なんでそうなる?』ってな具合だろう。今じゃ馬が競走すると言うより会社が走る、と言うような錯覚さえおぼえる。生産者&馬主&厩舎、エージェント&ジョッキーからなる愚惑は純粋な?競馬ファンには到底わからない。一般的紙面コメントやメディアトークなんかに表れっこない。
昨年天皇賞(秋)、有馬記念などは正に。勝馬は決まっている、いや、決めていてその為の策を構ず。有馬記念にして言えばサトノダイアモンドを勝たせるために敷かれた完璧な出来レース?(言い過ぎ?勿論弱ければ勝てないが)真っ向勝負出来るのはキタサンブラックとゴールドアクター位なもの。(ゴールドアクターも、ひょっとすると…)しかし純粋なる?競馬ファンはサウンドオブアースやマリアライトを買わざるを得ない(押さえたくなる)サトノ同馬主ノブレスは囮、同厩舎ミッキーまで? サトノダイアモンドが勝たなければ、勝たせなければならないそこまでの執念が匂いに匂った有馬記念だった。
誰かが、メディアで、紙面でさわりだけでもポツリ言ってくれりゃ…。言ってはならぬ、言えないサークル事情もあると言う事か。
特に年末の競馬は『会社が走った』感が強く垣間見えた。情報なくして今時の、特にG1は獲れなくなってる。
さぁ、2017開幕。東西金杯。
これからこのblogで自分なりの妄想的発言をぶち漏らさせてもらう。
とりあえず、金杯より、万葉ステークスのあの馬、だろ。