今日は冷たい雨☔️雪❄️にかわるかも⁉️

寒い…


寒いので

今日はダウンコートをチャック&ボタンとキッチリ留めて。


ちょっと小さめのコートなので

気合いを入れて 笑笑



ストール🧣もしっかり巻く。

首周りの温度調整はとても大事。




歩きながら


今朝のブラックコーヒー☕️をどこで飲むか

考える。


電車にチャラっと乗って行ったところにあるドトールにしようか…


でも雪❄️でダイヤが乱れたりする可能性が

なきにしもあらずだからなあ…




辞めて、いつものところにする。




いつものカフェ、いいんだけど

最近ちょっと気になることがある。


ベテランスタッフのなかに、常連のお気に入り客に対して


すごーく目立つ(outstanding)対応をする人がいるのだ。




いらっしゃいませー、ありがとうございましたーの声が3倍大きい 笑笑


その他諸々、明らかに対応が目立って、良い。





コレって…


別にいいんだけど、目立つのよね。


いつものカフェの空間で、思い思いに過ごしてる他のお客さん(私も含む)は


なに⁉️


って、思わず見ちゃう感じ 笑笑




じゃあ、私たちは

何なの⁉️


…って、考えを進めるのは、私だけだろうか…

笑笑




いやでもこれは

ほんとに、どーでもいいことなのだ。


だって、いくらフランチャイズ系カフェのベテランスタッフだって


お気に入りのお客様がくれば

すごく愛想良くしたいもの…だもの。





私がこんな邪推をしてしまうのは


その人が、私に対して、キメてる普通レベル以下の対応指差しをする


からなのだ 笑笑





いや、ほんと

どーでもいい。


気になりつつも、美味しいブラックコーヒー☕️を落ち着いて飲みたい時には

利用するのみ看板持ち













昨日は晴天で暖かな日だったけど、今日は曇って

肌寒い。


また暖かなセーターを着た。




私もひとりぼっちはイヤだけど


でも媚びてまで誰かと一緒に居たいわけではない。




私が私の自然に従って振る舞い

その結果誰も周りに居なくなっても、別にいい。

私は私で生きて行く。

生きて行ける。




今朝来たメルマガの文章に

親と繋がっていた感覚、という言葉が書いてあった。


そんな感覚は私には無いが

アラフィフまで生きてこられた。




親も親なりに、私たちを守ってくれた。


私も人の親となったので


私の親が、あまり精神的に余裕の無いなか

私たち姉妹を守り育ててくれた大変さがよくわかる。


それで私は十分。




もちろん、もっと理解の深い親だったら、なんか

違うのかもしれない…と想像することは出来るけど


それはもう、あり得ない事。


想像しててもつまらないから

すぐ辞めちゃう 笑笑




私の親は、私に

精神的な理解の深さは全然示さなかったけど


経済的なことは様々な形で示してくれた。


私はそのおかげで

いま、一人でも暮らして行けると思える。

(夫はいるけど、彼がいなくても

あまり生活はかわらず、生きて行ける)





私は娘に、精神的な理解を出来るだけ努めつつ


経済的にも可能な限りフォローしてきた。


娘はそんな母親のしてきたことを

どう活かすのか❓

コロスのか❓



わからないが

もうしばらくは続けなきゃ。親だから。

彼女に対して、まだ責任があるから。




それにしても、昨日〜今日は

ひとりで気ままに暮らしたいなあ…と強く想った、

想っているのだ。


あらあら 笑笑












日曜日。快晴✨

風が強くて寒い‼️


昨日は使わなかったストール🧣をしっかり巻いた。



寒い❄️…のだけど

もうすぐ三寒四温の季節。

寒暖差の激しい時期になって行く。


私はよくこの季節に、貧血のようにふらーっとなりそうになることがあって


おそらくそれは着る服のせいかな、と思って

いまインターネットで調べてみた。



三寒四温 服 注意点 と検索。



この時期は、日々の寒暖差&一日のなかでの寒暖差の変化に身体が追いつかないことで


心身共に不調になりがちだから


着る服は着脱しやすいものを重ねて


出来るだけ寒暖差を身体が感じないようにしてあげた方がいい、とのこと。




今日は暖かそうだ✨という日も、着脱しやすい服を温かく着て出かけ


暑く感じてきたら一枚脱いで調整して。


日が暮れて寒くなる頃まだ外にいるなら、また一枚着て、ちゃんと身体を温めて。


面倒くさがらず。用心用心。




でも、やっぱりこういう↑↑のは

面倒くさいから 笑笑


ダウンコートは便利なのだなあ…


ダウンコートとストール🧣




そんなことで、明日で1月も終わり。


実は昨日、お世話になった親戚のおばさまが亡くなった。


このおばさまは、ズケズケとした物言いの、

でも根の優しい方で


私も色々助けてもらった。




おばさまと、十数年前に亡くなったおばさまの旦那様は


関西から関東に出てきて、一から基盤を築いて行った私の実家にとっては


こちらでの慕うべき、頼るべき

大いなる存在だった。




だから、おばさまの訃報を聞いて

私はなんか、うちのファミリーのひとつの時代が終わったような気がしたんだ。


終わったというか、区切りか。




慕うべき存在がもう無い感じ…

重しが無い感じ…




私の父の事故による急死で、メンタルが回復出来ない母には、このことはしばらくは言えないね、と

姉と話してる。




季節は巡る。


私たちは区切って、また進みましょう。