「人が安心して、成長できて、生活する糧になる会社、又は、
それを支援する会社」
を僕は創りたい。
なんで?って
いつも自分に問いかけているけど
僕が今まで生きてきて、生きにくいし、少しも安心では
無かったから。
現金な若者が増えてしまった
将来が不安だからかな
もう自分で創っていくしかないんだって思った
この会社は、年々、この理念に近づいて行く。
「安心」を創り出せる会社にしたい
そのためにも一個一個、創っていく
明けましておめでとうございます。
昨年度は会社立ち上と言うこともあり
いろいろとばたばたした1年でした。
この1年で学んだことは、ものすごく多い
知識と実感はかなり近い距離にあることがある程度掴めました。
今年度も、努力を惜しまず、
いろんな事を悩み抜き
強く体力のある
多くの方々の生活の糧になる会社(森)にして行こうと考えております
焦らず、気負わず、着実に。
知識の共有にしっかり重点を置いて
攻めます。
まだ、3期目に向けての準備期間だけど。
おおよその物が平等に手に入るそんな時代
完全な経営資源になりつつある人たち
資格とかが自分の代名詞みたいなね
今の時代、自分にしかできない仕事ってやつは無いのかもね
だけどさ
そういうのって寂しいよね
完全にモジュール
誰でも出来るようになってる
最近はそんな状況を逆手に取って生きている人が多いよね
いやはや悲しいことです。
トヨタって人を切らないみたいよ
生産ラインも以前の副社長の言葉で
「不完全だからみんなが困って話し合って良くしていく、改善していく、だから不完全なくらいがちょうど良い」
ってな感じで人ありきの経営みたいね
俺じゃなきゃって所属員が思えるような仕事になってるから伸びるんだろうね
ある程度は資格とかで選別なんて事はあるかも知れないけど、
結局、考え方で人は分かれるんだろうね
何を目的に努力するのか?
こんな話どう思います?
・・・・・・・
ある村を旅人が通り過ぎました・・・・
その村では教会の建設中で
二人の石切職人が汗を額に石を切り出しているところでした。
旅人は、聞きました。
「何をしているのですか?」
一人の石切職人は
「この石を切り出しているんだ。」
もう一人の石切職人は
「この村に皆が安らげる教会を造っているんです。」
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
任されている仕事自体に人を満足させる要素は無いのかも
知れません。
では、何が人を満足させるのか?
目的、方向性だと僕は思います。
理想と現実のギャップは確かに有ります。
ただ、
共存は可能だと信じます。
どんな仕事にも
仕事として加工されている以上 、
そもそもの目的、理想があります。
モジュール化されていく過程で、その部分が
抜け落ちてしまうようです。
誰でも出来るレベルに加工されている訳ですから、当然、以前と比べて専門性は有りませんし、使命感も持ち得ません。
どうしたら
喜ばれるのか
社会性を以て人に必要とされる会社になるのか
両サイドに位置する顧客に満足してもらって初めて
サービスとして存続します。
スキームをなぞっているだけでは
良い物は出来ません。
どんなサービスも人が人に対して提供して成立している。
だから「心」の部分が重要なんだと僕は信じたいと
考えてます。
目標はみんなの物になっているのか・・・?
これは目標を達成する上でこの上なく重要な物だと思う。
よく「あいつが協力してくれない」とか不平をたれる奴が居るけど
これは、明確に何をすべきなのかを呈示していないからだとおもう。
自分には関係ないとか
言われたことだけやればいいや・・・
なんて思っている人間は
「ぶら下がり」
であって
何の価値も生み出さない
どんな人間もやる気にしてしまう
神様みたいな経営者も居るだろうが
僕はそこまで大人じゃない
欲しがりな奴は、それだけの結果を準備しなくてはならないと僕は思う
仲が良いからとか
そんな恣意的な人事は許されない
やる気の源泉を他人に求める奴はいらない
健康なのに、他人に心臓マッサージを続けてもらはないと生きていけないような
生きる気力のない人間に見えてくる
人生は一度しかない。
理想と現実には開きがある
理想の環境を作りそれを継続していく任務がある以上
油断はできない。
すぐにある程度ならある程度の幸福はあり得る
だが続かない
「弓矢の原理」
準備すべき時は、準備し
勝負すべき時は勝負する
今は力を蓄えるとき
だから忍耐が必要になる。
本当の勝負が始まる前に
真のライバルを定義して、準備する必要がある
ライバルは競合他社では無い
選択肢が限られて困ることはないと思う。
淡々と前進するのみ
選択肢は後々、多くなり、躊躇の元になる。
無い物ねだりが躊躇の元になるようでは
なんか寂しいな
そろそろ
冬だし
今期のラストスパートをかけていこうと思う