「中学生の勉強法」を調べた。
「昔ながらの」とか、「それって無理!」というのはなく、
効果がありそうな、でもそれって当たり前のことだけど、
と思えるものがWebを探せばすぐに見つけられた。
ということは、
・情報としては誰の近くにもある。
・ただし、どれでもいいので一つを信じてやり続ける人が少ない。
ということ。
「日常生活の中で楽しんで学べる」
「困ったときに質問できる相手がいる」
のであれば、塾に行かなくてもかまわないし、
「学校のその教科の先生が嫌いなので勉強する気になれない」
には、「そうだよね」とその感情には同意して、
「教科とその先生を分けて、な。
それで、学校はそのままでいいから家でこの勉強法通りにやってみようよ」
と受け入れてくれるように話をすればいいのではないか?
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まるで大人と同じだが、
・方法はすでに知られている
・だけど、実行に移す人が少ない
ということ。
でも、こう書くと、僕が提供している
「学ぶ場」の意味がなくなっていきます。
どうしたもんだろう?
情報に振り回される人の
盾、根っこ、心のよりどころ
になり、
各自の適切なペースを思い出してもらう役割を提供すること、か。