> わたしの「ふつう」と、あなたの「ふつう」はちがう。それを、わたしたちの「ふつう」にしよう。
> 愛知県の今年度の人権啓発ポスター
(折々のことば 選・鷲田清一)
「ふつう」と言うことで、お互いの「ふつう」を理解しあったみんなの間で安心感が得られるのであれば、それもいいね。
・「ふつう」に含まれない人は?
・わたしたちの「ふつう」にするには、考えが近い人は簡単だろうけれど、考えが遠い人とはどうする?
・「ふつう」というラベルを貼ることで、違いが尊重されなくなったらどうする?
・「ふつう」で一緒のグループになったと同意したとして、間違いではないけれど受け入れにくいメンバーの考え方に賛成するそぶりをしないといけない?
なんてことも考えてしまう。
善意や総合的にみてよいことであっても、
「ふつう」
というラベルを貼ることで均質化が強要されるとしたら、怖い。
※「人権」とか、「いじめをなくそう」とか、「明るい社会」とか、
否定した途端に袋叩きにあってしまうような
否定できない正しいことや考えを、僕は怖いと思うんだ。
とても慎重に扱いたい。