> 問題意識がなければ、目は節穴だということだ。
> 川田順造
(折々のことば 選・鷲田清一)
鷲田さん本文で紹介されている、川田さんは比較による文化人類学を研究されてきたそう。
「西アフリカ、日本、フランスの生活技術を長く調査してきた文化人類学者は、食う、運ぶ、座る、歌うなどの身体の使い方にも異なる作法と原理があることに着目する。」
(リンク先より引用)
比較することでしか見えてこない。
「目に慣れがある」というのは、例えとしてそうだし、
実際の目の構造としてもそう。
人間の目は、じっとしたものが見えなくなるので、眼球はずっと動き続けているそうだ。
問題意識がないと見ていても見えていない、というのはありうる。
見るというのは、まず捕食者、攻撃者を発見するため、
次いで食料を発見するため。という話も読んだことがある。
だから、集団の中で、普段と違うことをされたら気が散って仕方がない。
(伝聞ばかりだ)
でも、一方では、問題意識があっても、すべてに注意し続けることはできない。
意味を理解しないで、ただ観察を続けるのも苦痛で仕方がない。
ここで、安易に適切でない「意味」を見出してしまうこともある。
これも人間。
このように眺めたとしても、
自分のことはわからない。
自分を、ほかのものと等しい距離で比べることができないから。
ほかの人に見てもらうように頼んで、教えてもらうしかない。
観察力、表現力、ニュートラルな視点を持つ人じゃないとダメだけどね。