学術書(医学書)の侵害性の判断基準(解剖実習の基本書に対する侵害性を認めなかった事例)

 

▶平成13年09月27日東京高等裁判所[平成13(ネ)542]

2 本件書籍は,主として医学部の学生を対象とした解剖学実習のための手引き書であり,各2年間の2回にわたる米国での解剖学実習の指導を終えて帰国した控訴人が,藤田恒夫との共著として,解剖の手順・手法や,人体の各器官の構造,各器官相互の位置関係,各器官と動静脈や神経叢との位置関係等の説明だけでなく,これらの説明に加えて臨床的な説明をも盛り込み,また,末梢的な解剖学名をできるだけ省略し,暗記より理解を重視するとの方針の下に,形態学的な面白さや,臨床的な意義をできるだけ多く織り込もうとしたものである。このように,本件書籍は,他の解剖実習書とは異なる特色を持ったものであり,このこともあって,これを全体としてみれば,著者の思想を創作的,個性的に表現した学術の著作物であると認めることのできるものとなっている。また,本件書籍を第8版とする書籍は,1962年に第1版が発行されて以来,版を重ねて1991年には第9版が発行されるに至るなど,解剖実習の手引き書として定評のあるものとなっている。

しかし,本件書籍に記載されているような,人体の各器官の構造,各器官と動静脈及び神経叢との各位置関係等についての客観的な事実はもちろん,解剖の手順・手法も,これらに関する考え(アイデア)も,それ自体は,本来,誰に対しても自由な利用が許されるべきものであって,特定の者に独占させるべきものではないことは,当然というべきである。したがって,解剖実習書である本件書籍についていえば,著作権法上の著作物となる根拠としての表現の創作性となり得るのは,表現された客観的事実自体,手順・手法自体やアイデア自体の有する創作性ではなく,これらの創作性を前提にし,これを当然の出発点としてもなおかつ認められる表現上の創作性に限られるものというべきである。他方,本件書籍のような学術の著作物においては,解剖の手順・手法,人体の各器官の構造,各器官相互の位置関係,各器官と動静脈や神経叢との位置関係等について,これを正確に表現することが重視されるため,個々具体的な表現においては,個性的な表現がむしろ抑制される傾向が生じることは,避けられない。そして,これらのことが相まって,このような解剖の手順・手法,人体の各器官の構造,各器官と動静脈及び神経叢との個々的な位置関係についての事実,ないし,これらの手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアを記載するときには,個々の文としてみる限り,著作権法上の著作物としての性質(著作物性)の根拠となる表現上の創作性(創作的ないし個性的な表現)は,その存在の余地がなくなる,あるいは,存在は認められても,その類似範囲(それに類似しているとして権利を及ぼすことのできる範囲)は非常に狭くなる場合が多くなることも,避けられないところとなる。もっとも,本件のような学術の著作物においても,ある手順・手法や事実を前提とした単一の特定のアイデアではなく,複数の事項を前提としたあるまとまりをもったアイデアないし思想についてみれば,その表現の仕方には,広い幅にわたって多数のものがあることになるから,著作の幅が広がり,個々の著作者の考え方によって,創作的ないし個性的な表現を採ることが十分に可能になるということができる。

本件書籍についても,その全体を典型とする,あるまとまりのある部分をみれば,上記のような特徴を持った解剖実習のための手引き書として,思想又は感情を創作的に表現した著作物として保護されるに値するものということができる。しかし,その中の単一の特定のアイデアを一つないし二つの文にまとめたにすぎない部分だけを取り上げると,その表現上の創作性ないし個性を認めることができず,これを独立の著作物として認めることができない場合が多いであろうことは,容易に予測されるところである。

控訴人は,原判決の著作権侵害に関する一般的説示について,当審において前記のとおり反論するが,上記に判示したところと相反する限度においては,いずれも採用することができない。

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