そのまま内奥は男に思い切りぶつかると、その男は自分の空想に夢中だった為か、バランスを失ってその場によろけた。内奥はすぐにそっと足を掛けると、男は地面へと倒れていった・・
それと同時に、内奥は目にも止まらぬ速さで、男の首に下がっているカメラに手を掛けると、あっという間に彼の首からひったくり、カメラを地面に落として蹴っ飛ばした。全てが一瞬だったので、おそらく内奥と舞以外には誰も気付かなかっただろう。
男は地面から急いで起き上がると、一目散に転がったカメラを確認していた。男はカメラを見ると、息を乱して声を上げた。
「お、俺のカメラが・・」
見るとカメラのレンズにひびが入っていた。内奥がレンズの部分をピン・ポイントで、上手く蹴っ飛ばしていたのであった。
「おい、お前!お、俺のカメラを一体どうしてくれるんだよお!」
男は内奥の胸倉を力強くつかむと、周りが驚く様な声でわめき出した。
「あ、すみません・・よそ見していたもので・・」
内奥は下手に出て謝った。
「よそ見していましたで済むと思うのかよ」
「本当にすみません」
「すみませんで済むなら、警察は要らないんだよお!」
その言葉を聞くと、内奥は少し苦笑していた。
‐全くその通りだ・・
内奥は思った。
「お前、ちょっと見てみろよ、ここ!」
「えっ?」
「ここだよ、ここ!」
「どこですか?」
「ここだって言ってんだろ!」
「ここ?」
「見ろよ、ここ!」
男はレンズを指差しながら言った。
「はあ・・」
「このカメラ高いんだぞ!」
「すみません・・本当にすみません」
「すみませんじゃあ、済まないだろう!」
周りの子供達も、その様子を見ていた。舞は何も出来ずに、その場に立ちすくんでいた。
「少し計算が違ったようだ・・」
内奥は思った。
こんな騒ぎにする予定ではなかったのだ・・
早くしないと警備の係が来て、職業などを聞かれる。事が知られると面倒だし、何より厄介だ。
‐さっさとこの場を去らなくてはいけない。
そう思うと、内奥は自分の胸倉をつかんでいる男の手を取った。一瞬、男は下手に出ていた内奥の態度の急変に驚いた。その瞬間を逃すことなく、内奥は目に睨みを利かして男を見ると、低く静かな声で言った。
「すみません」
男は内奥の迫力にのけぞると、また地面に倒れた。と思うと、急いで立ち上がり子供達を掻き分けて、その間を縫う様に逃げて行った・・
男が去ると、子供達の注目は自然と内奥に集まっていた・・
内奥は子供達と視線を合わせると瞬時に口を開き、目の前のジャグラーの方に目を持って行った。子供達もそれにつられて、内奥が見ているジャグラーを見ると、その芸の妙技にあっという間に引き込まれて、ジャグラーの方へと走って行った。
さっきまで内奥の周りにあんなに固まっていた子供達が、今は一人もいなくなって静かになった・・
舞は一人でいる内奥に近づくと言った。
「警視正・・」
「これでよしと。今の男は前にマークしていたが、どうもプロファイリングと合致しないのでな・・」
「大丈夫ですか?」
「その心配は奴にしてやることだな。大切なカメラのレンズを蹴り割ってしまったからな」
「少し強引では?」
「なあに・・あの手のタイプはレンズの替えくらい、いくらでも持っているさ」
「はあ・・」
「とはいえ、少し目立ち過ぎたかもしれない。今日の所はこれで引き上げて、また明日ここに来よう」
内奥はそう言うと、足早に歩き出した。舞は内奥の背中をしばらく眺める様に見ていたが、やがて静かに後をついて行った・・
車に乗り込むと内奥はエンジンをかけて、駐車場の誘導係に誘導されながら国道へと出た。舞が時計を見ると午後の一時になっていた。内奥がそんな舞を見ると、静かに口を開いた。
「今日はこのままマンションまで送っていこう。ゆっくりと休むと良い」
「え、けど・・」
「昨日の疲れも残っているだろうしな。ゆっくりと休むことだ。無理をすることはない」
「はあ・・」
舞は、何と言って良いのか分からずに呟いた。
「今日は朝から来てしまったが、午後からの方が良いかもしれない。明日は昼の一時にマンションに迎えに来るから、その頃までには準備しておいてくれ」
「分かりました」
舞はそう言うと、椅子に自分の体を任せる様に背もたれに寄り掛かった・・
国道を飛ばしている間、二人は無言であったが、やがて駅に近づいて来ると内奥は舞に声を掛けた。
「なあ、朝霧」
いきなり内奥に声を掛けられたので、舞はびっくりして大きな声で返事をした。
「はい、警視正!」
その返事に少し驚いたのか、内奥はしばらく目を丸くしていたが、やがて少し笑うと口を開いた。
「不審者の話になるのだが・・」
「はい」
「さっきの様な男・・ああいう男は、子供に対して異常な妄想を持っている。だが、子供を誘拐していく様なことを計画するタイプではないんだ」
「はい・・」
「だが、もし子供が一人であの男と一緒になってみろ。すぐさま奴は変貌して、自分の心の中に描いていた性的ファンタジーを実行に移そうとするだろう」
「・・・」
「結果、憐れな子供が犠牲になるんだ。愚かな人間の下らない妄想の為にな・・」
舞は頷くことしか出来なかった。内奥は続けた。
「あの手の人間が狙う子供というのは、大声で自己主張の出来ない子供だ。内気で内向的な・・誉められたり、認められたりすることに夢を持つような子供達さ」
「・・・」
「そんな子供の弱いところに乗じて、連中はあの手この手で色々と仕掛けてくるんだ」
内奥の声は少し寂しく聞こえた。舞はやはり頷くことしか出来なかった・・
二人の乗る車が駅前広場を通り、スピードを下げると車は路地に入った。
「子供はそんな性的玩具にされない為にも、保護者は子供を育てることに責任を持たなくてはいけないんだ。今日みたいな男は我々が知らないだけで、実は結構うろうろしているものだ」
「そうですか?」
舞には内奥の言ったことが、簡単には信じられなかった。
「後で時間があったら街中を歩いてみると良い。結構色々な輩が歩いているものさ。不審者というものがな・・」
不審者という言葉に、内奥は力を入れた。
「もっとも、駅前なら子供を狙っているだけでなく、ターゲットは様々だがな」
「はあ・・」
「とはいえ、たまには色々な人間観察をして見るのも楽しいからな・・」
「そんなものですか?」
「ああ」
「それなら・・」
「ヘタな推理小説を読むよりは面白いかもな」
「はい」
「ただ無理はしないようにな。ああいった連中は何をやらかすか分からないからな・・」
「・・・」
「ターゲットが若い女性のこともある」
「・・・」
舞が信じられないという風に反応すると、内奥は車のスピードを落としてマンションの前で停めた。
「それでは、また明日」
「はい、警視正」
舞はそう言うと、車を降りた。
舞がドアを閉めると、静かに車は走り去っていった。
部屋に戻ると舞は上着をそっと脱いで、ベッドに横になった。
‐今日でまだ二日目のはずなのに・・
もう何日も経った様な気がするのだ。
ここでは時間が経つのが、あまりにも早い。舞はその時間の早さに驚いていた。ベッドに横になりながら舞は目を瞑って、今日カーニバル会場であった出来事などを思い返していた・・
どれも浮かぶのは、内奥の顔ばかりだ。内奥が不審な男にぶつかって行った時には、さすがにやり過ぎだという気がしないでもなかったが・・
けれども、同時にそんな素早い行動力を持っている内奥に、舞は何となく惹かれていく自分を感じていた・・
「私はもしかしてもしかしたら・・警視正に恋をしているのかしら・・」
舞は一人で呟いていた。
だが、舞はすぐにその考えを振り払った。
内奥とはあくまで仕事の付き合いだ。それに会ってまだ二日しか経っていないのだ・・
けれども、舞は内奥が自分を認めてくれている様な気がするのだった。舞はそれが嬉しくもあり、またそんな優しい内奥に引力の様なものが働いて、少しずつ惹かれていく自分を感じた・・
そんなことを考えている内に、舞の意識は遠のいていった・・
