「どれだけ頑張っても…」日本システムに限界を感じた教育者が「子供の自己肯定感世界最高」の国で見せつけられた「多様性のある育ち」

2/9(金) 7:07配信

スポーツをはじめ、海外での教育・育成のあり方や仕組みづくりに関心をもつ中野氏がいま注目しているのが、オランダだ。

 オランダと日本の顕著な違いとして、自己肯定感の高低差が挙げられる。じつはオランダはユニセフによる「子どもの幸福度」ランキングで、調査開始以来の首位をキープし続けているのだ。

 日本人はなぜ、自己肯定感が極度に低いのか? オランダ人はなぜ、世界でいちばん自己肯定感が高いのか? 
 現地で学校教育に携わる日本人が“秘密”を明かす。

「自己肯定感が高くない」国・ニッポン
 国連が2023年3月に発表した「世界幸福度ランキング2023」において、日本の順位は47位だった。

 「世界幸福度ランキング」とは、世界幸福度調査(World Happiness Report)による過去3年間の生活評価への調査結果をもとに、国連の持続可能開発ソリューションネットワーク(SDSN)によって発表されているものだ。

 47位という結果以上に気になるのは、生活評価への詳細内容において《自己肯定感が高くない》という傾向が強い点だ。

 さまざまな要因があるなかで、その1つに《学校生活から評価基準が他者軸で行われることが多い》というのがありそうだ。

 日本の子どもたちは、自己評価をする機会が少ないまま、年を重ねていっていないか。自分で自分を見つめて、評価し、分析して、どんなことがしたくて、どう生きたくて、そのためには何をすべきなのか、といったことをじっくり考える時間が、果たしてどれくらいあるだろう。

 自己肯定感をもって生きるためには、幼少期からの環境が欠かせない。ならば、実際に自己肯定感を“標準装備”している人が多い国々では、どんな取り組みがされているのか。

 オランダ・ユトレヒトの現地小学校で体育教師をしている安井隆(35歳)に話を訊いた。

「周囲の目」を気にしない

日本では「周囲が自分をどう思うのか」を気にしてしまう傾向が強いだろう

「オランダの学校では、『周囲が自分をどう思うのか』よりも『自分がどう思うか』を大切にするようにと教えられています。また、実際にあらゆる場面で、自分で意思決定をする機会が小さな子どものころからひんぱんに設けられています。

 同時に、他人の考えを大切にすることも重視しているので、意見を求められたときにはほぼみんなが手を挙げて、自分の意見を口にしようとする姿勢が備わっています」

 安井の指摘する点はまさに、日本とは真逆の感覚がある。

 「自分がどう思うのか」よりも、「周囲が自分をどう思うのか」を気にしてしまう傾向が日本では強いだろう。自分の意見よりも他人の意見。だから自分が「いいな」と思っても、まわりの人に「それは違うよ」と言われたら、「ああ、僕の/私の感覚は違うんだ」とすぐにへこんでしまったりする。

 ユニセフの調査による子どもの幸福度ランキングで、オランダが調査開始以来、ずっと1位をキープしているのにはそうした背景がある。自己肯定感が高い人が多く、街を散策していても、せかせかしている人を見かけることはほとんどない。カフェやレストランでもほどよいのんびり感が漂っていて、とても心地いい。

 名古屋で10年間、中学校の教師をしていた安井は、名古屋市教育委員会によるオランダ教育を学ぼうというプロジェクトメンバーに選ばれ、そこでオランダの教育システムに興味を抱いて4年前に移住を決意したという。

 「それ以前から、オランダの教育に関する本や論文を読んでいたりはしていたんです。でも、現地の学校視察研修に参加して、実際に授業のようすをこの目で見たときに、『日本とは雰囲気から取り組み方まで全然違うぞ! 』と衝撃を受けました。

 この国で教師として働いて、もっともっと深掘りしたいと強く思ったんです。それが、移住の決め手となりました」

 30歳を超えてから、安定した仕事をやめて海外に移住するのは並大抵のことではない。だが、安井に迷いはなかった。彼我の学校教育のあり方に、それほど大きな違いを感じていたからだ。

子どもも教師も学校を自分で選べる
不登校などの課題に対処していくためには、教育システムそのものを見直す必要がある

「いちばんの違いは、教育システムそのものです。オランダのシステムはすごくよくできていて、子どもたちも教師の側も学校を自分で選ぶことができる。学ぶ場所、働く場所を自分で選べるというのは、人材のミスマッチが起こりにくい合理的なシステムですよね。

 教育者として僕がいちばん大事にしているのは、不登校の子どもたちをどうやったらゼロにできるかということです。日本では、僕も毎年担任をしていたのですが、不登校の子は残念ながらやはりいました。そして、どれだけ頑張っても僕一人にできるのは、実際に手を差し伸べられるのは毎年自分が受け持つクラスの子どもたちだけです」

 そうした課題に対処していくために、教育システムそのものを見直す必要がある。

 「はい。そもそものシステムを変えることができれば、日本中の不登校児をゼロにする可能性もあるんじゃないかと思っています。実際に、オランダではそれがほぼ実現しかけているんです。その点にとても魅力を感じています。

 だから、どういう経緯でこのシステムが生まれ、どのように成り立っていて、現場の先生たちがどう取り組んでいて、そして子どもたちは学校でどんなふうに過ごしているのかを、現地で中に入って見てみたかったんです。この国から学べることは、ものすごくたくさんありますよ」

すべての子どもたちに適した教育
 文部科学省が2023年10月に発表した小・中学校における不登校児童生徒数は29万9048人にも及ぶ。これは過去最多の数字だ。

 日本には日本のやり方がある、という考え方を全否定するつもりはない。不登校になる理由も人それぞれではあるだろう。

 だが、他者軸中心の価値観や基準、仕組みやカリキュラムのなかで、自分というものを見出せず、自分を出すことを許されず、じっと耐え忍ばなければならない空気の中にいることを強要されていると子どもたちが感じているとしたら、どうしても自己肯定感は生まれてこない。

 みんながみんな、言いたいことが言えない世の中との向き合い方に折り合いをつけられるわけではないのだ。

 「その通りだと思います。そしてオランダのシステムの良い点は、学校を自由選択できるというところ。学区制ではなく、自分に合いそうな学校を選ぶことができる。選択肢もたくさんあります。いわゆる公立の小学校があれば、カトリック系モンテッソーリの学校やシュタイナー教育の学校もあったりと、多種多様な教育の学校が充実しています。

 少し前には、新しい取り組みも始まった。

 「『すべての子どもたちに適した教育を』ということが法律で決まりました。

 たとえば、重い障害ではなくても、大人数の中で勉強するのは苦手という子もいるわけです。そういう子どもたちに適した学校が作られるなどしています。

 また、僕も先日行ってきたのですが、ギフテッドの子どもたちが通うところができたり、他にもバイリンガルの子どもたちが通う学校があったりと本当に色とりどりです。しかも、どの学校も無償で通えるのが素晴らしい」それほど豊かな選択肢が用意できるのはなぜか? 

学校教育における「2つの軸」
オランダ社会の多様性を支えるのは、学校教育における「2つの軸」だという

キーワードは多様性だ。

 オランダはさまざまなルーツをもつ人々が集まる国だ。異なる価値観、異なる宗教、異なる背景をもつ人どうしが集まれば、そこには必然的に対立が生まれてしまう。

 そうしたなかで、平和な生活を社会として勝ち取り、確立していくためには、どんな考え方で、どのような時間軸で、どんな取り組みをするべきなのかをていねいに考えている。

 「多様性」という概念を正しく理解することが大切なのだろう。それぞれの価値観を認めることと、誰もがわがままに何をやってもいいというのは、決してイコールではない。

 「そうなんです。それぞれがやりたいことをやった結果、対立が増えてしまったら元も子もないわけですから。大きな枠組みはもちろんあるけれども、それがすべてではなく、子どもたちのニーズ、教育的なニーズに応えられるように、現場の環境を整えていくことが大事にされています」

 オランダの学校教育には、2つの軸があるのだという。

 「1つが〈市民化教育の義務化〉。もう1つは〈性教育の義務化〉です。

 この2つが、多様性を支えています。互いが共有しあえる社会としての価値観を理解するための市民化教育と、自己理解を進めるために大事にされる性教育です」

大人の関わり方
 まず、自分のことをしっかりと理解する。そうすると他者のこともちゃんと理解できて、それが相互理解につながっていく。

 「子どもたちは『自分は自分のままでいいんだよ』と言われれば、自分もまわりの人に対して、『あなたもあなたのままでいていいんだよ』という感覚をもてるようになる。それが多様性を認めていくことの大事な本質です」

 《できる/できない》の基準を他者が定めてしまうことの弊害からの脱却が、大きなポイントになっている。基準がないわけではない。その基準だけで、子どもたちの「良し悪し」を決めないことが重要なのだ。成長軸は、それぞれの中にある。

 子どもたちはみんなそれぞれに違う。今もっているキャパシティも嗜好も、成長スピードもそれぞれだ。ある子にとっては簡単なことでも、また別の子にとっては大きな大きな挑戦であることもある。

 個々のチャレンジを認め、それぞれの成果を喜び、それぞれの失敗とともにある。そうした大人の関わり方が大切なのだと安井は言う。

 「大人は大人の評価軸で子どもたちを見てしまいがちです。体育の授業をしていると、そうした大人目線で『あんまりできてないな』と思う子もいますが、でも、その子は自分でチャレンジしてみて、その子なりに『すごい、できたよ! 』といって興奮して、笑顔になれる国なんです。素晴らしいことじゃないですか?」

子どもにとっては「大発見」
 目標をもつことはもちろん大事だ。

 しかし、人間は満足感を得られないとどこかで不幸せになってしまう。満足できる環境や満足感を得る感覚をもつことが大切なのだ。

 みんながみんな、絶対評価の100点満点で90~95点の評価軸をもつべきでは決してない。逆にストイックすぎて、すでに高いクオリティのことができているのに、「自分はこんなもんか?」とか、「俺はダメなんだ」と思ってしまうことも、満足感を得られないという意味で、やはり幸せではない。

 「学校の先生もスポーツの指導者も、保護者にしても同様ですが、その子が育ってきた来歴とか、その子の歩んできたプロセスというものをきちんと理解しないと、本当に質の高いアプローチはできません。

 たとえば、うちの子が『自転車のサドルの高さが違う気がする』と言ってきたことがあるんです。いったん上げて、こんどは下げてまた上げて、もう一度下げて……。ああだこうだ言いながら繰り返し上下させたんですけど、最終的にいちばん最初の位置に戻った(笑)。

 でも本人は『ここだ!!  見つけた!! ! 』といって喜んでいるんです。『いや、最初の位置に戻っただけじゃん』って思いますけど、口には出さないですよ。だって、子どもからすれば、大発見ですから」

人生の「寄り道」
それぞれの子どもたちがより自己肯定感を育みながら、集団生活のなかで自分の活かし方・律し方を学びつつ、無理なく成長していけるシステムを築いていきたい

こうした過程を個々の子どもが自分で一歩一歩進めることで、大事な経験則と自己肯定感を得ることができる。大人が先回りして、「いや、ここがお前の高さだから」と決めつけてしまうと、仮に最終的な結果が同じでも、当人が得るものはまったく違ってしまうのだ。

 「自分に合うのはどこか」を見つけるだけではなく、「ここだと合わない」「ここでも合わない」という経験もできる。そして、ちょっとずれるだけで居心地や座り心地が変わってくるという感覚を知るだけで、与えられた同じ高さで座り続けるのとはまったく異なる体験になるのだ。