気付けば車を走らせていた。


海外にいる間、
「帰国してまず初めにしたいことは」
というありきたりな質問の嵐に対して
「まずは車を運転したいです。」
というどちらかというとありきたりではない答えで凌いでいた。

「東南アジアを代表するような、上手いとも荒いともとれる運転をするドライバーたちを見ていると、自分も車のハンドルを握りたくなった。」
などとそれらしく理由を付けていたが、実際のところはありきたりな質問にありきたりな回答を返したくなかっただけだった。

私はいつも少しおかしなところで意地を張ってしまう。


それでも帰国して真っ先に、小さな新幹線に乗って素早く寿司が運ばれてくるような場所に飛び込んでいるのだから、自分という人間を疑ってしまう。



帰国して5日。
時間が小さな新幹線に乗って颯爽と去る。
なんてことはまずなく、思っていたよりも
ずっとゆっくり、時間は流れていく。


私は新幹線の代わりに愛車である青い軽四のエンジンを入れた。


目的地は決まっていなかった。
行き先を決めたドライブなんて、
何が面白いんだ。
ただひたすらに車を走らせる。
だからワクワクするんじゃないか。


私はいつも少しおかしなところで意地を張ってしまう。



誰も乗っていないはずの後部座席から
「それ見たことか」と聞こえてくる。

標識を見ると見慣れない地名が並び始めていた。
何もない田舎道。
息を呑むような光景もなければ、
鳥肌が立つような風景にも出会えていない。
そもそも「光景」と「風景」の違いさえ分からない。


時計も見ると家の駐車場を出てから、
三時間が経っていた。

「これからきっと何かすごいものが
   出迎えてくれるんだ」

ルームミラーを覗きながら
後ろのやつを意識して呟いてみたものの
「何かすごいもの」という
抽象的な言葉が二つも入っているようなものを期待している自分に呆れてしまい、
ユーターンできる場所を探し始めた。


三時間運転していると体が固まってくる。
ユーターンついでに傍にあった何のためかも分からないような駐車スペースに車を止め、外へ出てみる。



褐色の地面から生えている木々から
生えている枝から
さらに生えている緑葉たちの隙間から
覗く太陽の光が私の目を細める。

同時にさきほどから自然と耳に入っていた音が蝉の鳴き声であることを知る。



日本は夏色に染まっていた。



一つ伸びをして
青色に染まった愛車に再び乗り込む。
ルームミラーを覗き、
後ろのやつに話しかける。

「やはり来て正解だった。」

返事はなかったが、ルームミラーに映った
自分の目尻が下がっているのを見て、
満足感が体中に染み渡っていく。


時が新幹線に乗ったのかもしれない。

私が帰国して初めにしたかったことは
運転だったのかもしれない。


そう思えるくらいに、帰りの三時間はあっという間だった。



夕飯時、
家族に今日のドライブについて話すと、
そんな暇があるんなら他にすることがあるんじゃないの、という意味が込められた
「そう」が返ってきた。


悔しかったのは
それが正論だったからだろう。


しかし私は
だけど今日は僕にとってすごくいい一日だったんだ、という意味を添えて
「そう」と言ってみた。


無論、家族がその隠れて添えられた意味に
気付かないことは分かっている。


それでも私はいつも少しおかしなところで
意地を張ってしまうのだ。


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