最近、箸の使い方教室に行った、知人に箸の使い方で指摘を受けました。

指摘をして頂けるのはありがたいことなのですが、それが、何故NGなのか理由を聞いても出てこない。それどころか、彼女が「理由なんて考えたこともない」発言に驚きました。何故なら、過去読んだマナーブックに当たり前のように載っていたからです。その箸の使い方教室では何を教えているのだろうかと思いました。
そんなこんなで、そんな話を会社の方にもしていたら、「マナーというのは、国家資格ではないから、これがマナーと言ってしまえばそれがマナーになってしまう」なんて、鋭くてためになるご意見を頂きました。

 

さらに、その知人は箸の上げ下ろしをしてない人を快く思ってないのですが、周囲の五、六人ピックアップして聞いたところ、全く知らない人が一人、名前だけ聞いたことある人が二人、と、いった具合でした。親が教えてなくても、周囲を観察しながら、箸の使い方を身に着けたような方でも、上げ下ろしは見たことがないことと、学校教育で教えてないことと、日本の食事の作法が懐紙を使用することから推察するに、おそらく上流階級から降りてくることを考えると、上げ下ろし、を日本人が知っているスタンダードなものと思ってよいのか…そうでなくても(例えば握り箸をしていても)ご家庭の事情もあるので、快く思わないというのは、相手の立場に立つ、押し付けてはいけない、というマナーの根本姿勢からはずれるのではないのかと思いました。

 

「マナーを学べば心が豊かになる」と、知人は言いましたけど、それは、上流階級や料理人に対してだけであり、知らない方、学べないに対してにはまったく豊かでないどころか、とても貧しいとしかいえない知人の様子を見ていると、とても豊かになっているとは思えないなあ、と、微妙な気分になりました。心が豊かになっているのなら「そんな箸の使い方をしていると老後に体にガタがくるはずなので心配です」ぐらい言ってほしいと思いました。

 

 

まあ、そんなこんなで、家庭で教える箸の使い方に差がある、マナー教室にも怪しいところがある、もしくは差があると感じた私は、いったいどこにいけば日本の古来から伝わる礼法作法が学べるのかを調べてみました。今回の件で、調べもせずこれが礼法作法だと思っていた自分が日本人として情けなくなり、中途半端なところ、出自のしっかりしていないところで学ぶと、自信を持って礼法作法を行使できない自分がいるからです。

間違ったものを学びたくないというのもあります。

 

 

それで、調べた結果、男性が宗家の小笠原流礼法が、堅そうです。武家礼法ということなので、公家の礼法はまた別にあるのだとは思いますが、徳川家の将軍の指南役ということなので、安心そうです。神社で神事も行っているようです

http://www.ogasawara-ryu.gr.jp/reihohkyujyutukyub、ajutsu.html


次期、宗家の小笠原清基氏が毎日新聞に取り上げられています。

http://mainichi.jp/articles/20141227/mog/00m/040/016000c

 

 

ちなみに、こちらの女性(小笠原敬承斎氏)が宗家の小笠原流は、どうも正統な宗家ではないようです。

http://www.ogasawararyu-reihou.com/

 

正統な宗家ではない情報は、こちらのブログに載っております。

ある程度の年齢より上の方にとっては、”日本の礼法の基本”だとも。

http://blog.goo.ne.jp/chaos1024/e/666b926df4832183555b7f4bcd4c6711

「趣味は○○」って語れるものある? ブログネタ:「趣味は○○」って語れるものある? 参加中


趣味はもち、スピリチュアルドキドキ
スピリチュアルにも色々ありまして、
最近は、気みたいな感じのものを送ってくれて体をリフレッシュしてくれるというヒーリングというものを受けることにはまっております!
最初はなかなか気をうまく感じられませんでしたが、感じられるようになった今、気を感じるのはとても面白いです!(そうじゃなくても効果はあるのですが、より楽しいという感じです♪)


参加する人が100人集まったら、無料で遠隔ヒーリング(距離に関係なく気を送ってくれます)をしてくださるというブログイベントをみつけましたドキドキ

http://ameblo.jp/happiness-of-one-spoon/entry-10713015137.html


こちらのイベントを受けるためには、「ヒーリングを受けられる方へ」という記事(下記URL)を読むことが必須です。

http://ameblo.jp/happiness-of-one-spoon/entry-10650222032.html


この機会にヒーリングがどんなものか体験してみてはいかがでしょうか?

楽しいイベントになりますように!







All About 「スクール・おけいこ」体験してみたい習い事ランキング
All About 「スクール・おけいこ」お料理教室の選び方 タイプ別診断!
指示されたい?自分からガンガン行きたい? ブログネタ:指示されたい?自分からガンガン行きたい? 参加中


考えさせらるブログネタですね……

今まで、そんなこと考えたこともなかったけれど、指示されることに慣れきっている気がする。
指示されて、どうするか決断する。
ある占いによると、私は参謀タイプなんだそうな。
なので、指示されるがあってるんだろうなー

でも、指示されるは下っ端気質か……
いろいろと悩むのも、指示されることに慣れっこなせいなのかなあ……
というわけで最近悩んだことを書きます。
なんか、コメントくれると嬉しいです。




9月15日、ものみの塔の人が来た。
会報を置いていこうとしていた。
「孤独に苛まされたことはありませんか?」と聞いてきた。ないので、「ないです。」と言った。
「よろしければ読んでください」と、会報を置いていこうとしたので、
「もっと必要な別の方に渡してあげてください」と言った。

ものみの塔の人、「今の経済が何故どん底に落ちてしまったかについて書いてあるのでよろしければ(どうぞ)」
と言ってきた。

どうせ、聖書の黙示録等に書かれている終末思想についてから来てるんだろうなと私は思った。
言葉を返そうと考えて黙っていたら、一礼してものみの塔の人は会報を置かず去っていった。


いつも思うのだけれど、ものみの塔の会報を配る人たちは、楚々とした品のいい感じの人が多い。
そしてとても純粋な人たちなんだと思う。
純粋に、スピリチュアルで言われている神とは違う神を信仰しているのだと思う。



そんな純粋なものみの塔の人たちに対して、こんな形で追い払った形になった自分に自己嫌悪。
ものみの塔の人たちは、ものみの塔の人なり、世をよくしようと、がんばっているのだから、その気持ちを尊重した断り方をすればよかったのかなと思った。
例えば、読む時間が無いから、と―婉曲に。

宗教にはまっている姿に憐れみを示し、本来イエスキリストが説いたはずのスピリチュアル的定義の神について教えてあげた方がまだ、よかったのかなとも思う。
ただ、これも互いの真実のぶつけあいなような気がするので、レベルの低い行動なのかな……

神は救世主ではなく、この世界であり、人であることは私の真実である。
神が救世主であり、この世を統べる王であることが、ものみの塔に人たちの真実である。

私の真実が、この世の真実であっても、私の真実とものみの塔の人の真実のぶつかり合いであることには変わりがない。

また、こうも思う。宗教には宗教の役目があり、スピリチュアルにはスピリチュアルの役目があり、どちらがいいともいえないのかもとも。でも、本当に底辺の人間を強制していくのは宗教であり、道徳を教え込むのも宗教であり、宗教の次にスピリチュアルがあるのではないのかなとも思うからだ。

話が反れた……



黙るという形で断った私にはどこにも優しさなんてないのではないのだろうか?
黙ったとき、ものみの塔の人は何を感じたのだろうか?たぶん、私が迷惑に思っているという感情なんじゃないかと思う。事実ゴミになるものをもらっているので、そういう意味では迷惑なのだが……


会社の同僚に「読む時間が無いから」って断ればよかったのかなあ?というと、
risalisaさん読む時間があれば読むと思う、時間取らないだけなんじゃない?と答えてくれた。

読む時間がないというのは、本当に読む時間がないわけではなく断るための社交辞令と言ったら、
「そんなところで気を使うのは、どうなんだろう……『興味ない』で断らないと、また来るよ」という答えであった。
確かにそうだなあ……と思った。
エネルギーフィールドにゴミを入れる元凶を野放しにしているわけでもあるわけですから……
(エネルギー的なこというと掃除がいることになるのでめんどくさくはあるなあ…時間も無駄だし)


優しさってなんだろう……いらないものでも一度は受け入れるのが優しさなのだろうか……
後は、NGなことを指摘してあげたりとか……
興味ありませんは、優しい発言なのかしら?
無碍にものみの塔の人を否定していることにはならないのか?
むしろ、私のこの優しさは優しさではなく、ただの曖昧さというもので、不幸の種を撒き散らしているのだろうか……

正解がないのが正解なのだろうか……