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「ホリエモンは勝った!」となぜか強弁したい俺がいる

既に周知の通り、18日、ライブドアとフジテレビは資本・業務提携合意し、和解したとの発表がありました。フジテレビは、ライブドア側に1株6300円で同社保有のニッポン放送株をすべて引き受けて子会社化し、ライブドアに資本参加するなど、総額約1473億円を支払うことになります。業務提携の詳細は両者とニッポン放送でつくる委員会での協議に引き継がれるとのことです。

既に3月に「これから正念場を迎えるのはライブドアのほうだろう」と述べていたCoolfrenezieでありますが、予想通り、ライブドアには、そしてフジテレビにも、厳しい内容の結論が出ました。新聞の写真も、フジテレビの日枝会長が微笑む横で、苦い顔をするホリエモンさんと、逆に、ホリエモンさんのスマイル☆顔の横で、日枝会長が苦虫つぶしている表情と、両方が取り上げられていました。

メディア各社の論評が出揃った中、現在のコンセンサスでは、「勝ち組」となったのはライブドア社の転換社債を引き受けることで、このM&A劇をサポートした、同じく六本木ヒルズ組のリーマン・ブラザース、ライブドアにニッポン放送株を譲渡し、苦も無く利益を確保した村上ファンド、さらにホワイト・ナイトとしてニッポン放送からフジテレビ株を借り受けたことで、社会的評価の上昇したとされる、ソフトバンク・インヴェストメント社の北尾社長。ここら辺が勝ち組ということになっているらしいですね。

ライブドアはとりあえず、400億円ほどの利益は確保したようです。しかし、他人が儲けたか損したか、など、実はどうでもいいことなのです。私にとって何よりも嬉しいのは、TVでまた、ホリエモンさん♪のお顔を拝見することができたこと☆。

以前、「なぜホリエモンだけが問題なのか?」で書きましたが、ホリエモンさんこそ、日本初の実業家=セレブの等式を具体化させ、それを自社の企業戦略の根本にすえることを思いついた偉人なのです。この実業家=セレブの企業戦略を最初に実行したのは、わたしに思いつく限り、読売新聞の渡辺恒雄氏をもって嚆矢とするわけですが、ナベツネさんの場合には、個人のスタンドプレーという印象が強くて、それを企業戦略と呼ぶのには大いに抵抗がありました。

それに対してライブドアの新しい点は、社長という生きた生身の人間をそのまま企業ブランドにしてしまった点です。単純に言って、ホリエモンさんがTV画面に露出するたびに、ライブドアのポータルサイトのアクセスは跳ね上がることでしょうし(ぢぶん☆も行っちゃいました、てへっ♪)、確率的にポータル上の各サービスの稼働率も上昇するでしょう。

いまや、ライブドアはホリエモンのTV出演無しには、そのビジネスモデルが回転していかないところにまで来ているのです。

こうした流れはもはや元には戻れない地点にまで来ているといえるでしょう。たとえば、福助とかトー鳩、最近ではサンヨー電器(?)が野中ともよさんを会長に指名したとの報道もありました。

そして、特にステキ♪なのが、ライブドアの日本国民、あるいは、大上段に構えて言えば、現代社会における大衆というものを徹底的にこバカにした態度です。いままでも、企業は「顧客至上主義」の名の下に、消費者を甘やかすことで市場拡大を果たしてきました。しかし、TVを代表とする、視覚的なメディアに対する人間の心理的な弱さに付け込む戦術も、SMAPであるとか、モーニング娘。であるとか、それを専業とする「顔」、「表情」を売る業者へ外注する形で対処してきたわけです。それに対してライブドアは企業の「顔」である社長を、直接、企業イメージを代表するアイドル=マスコットに仕立て上げることで、消費者のブランド・ロイアリティに対してダイレクトにアプローチする戦略を採用したのです。これは、福助、東鳩、サンヨー電器などと違い、ライブドアという会社が後発で、知名度にかける点、その扱う商品が具体的な「物」ではない点において、特に有効だと思われます。

19日の朝刊で、早稲田の亀山という教授が「本来、今回の騒動で一番得をするべきなのは、ライブドアでもフジテレビでも無く消費者のはずだ。」と述べています。この方、本気で自分の言い分を信じていらっしゃるのかしら?アメリカから輸入した最新理論を、その発生してきた背景に考慮することもせずに、ただ、それがテストでの「正解」であるかのように繰り返している「有識者」がこの国には多すぎます。

このように、建前だけでしか者をいえない、そういう人々を駆逐する役割を是非ともこれからもホリエモンさんには担い続けていってもらいたいものです、いやほんとに。

 

なぜホリエモンだけが問題なのか?

相変わらずメディアはホリエモンねたで盛り上がっています。テレビ等メージャーメディアはどちらかというと批判的なスタンスを取っているらしいことは、たとえば、ソフトバンク・インヴェストメント(SBI)社の北尾CEOの堀江批判を盛んに流している点からも伺えます。これはブログなどを通じて発信される個人の声が、比較的、堀江氏に対して同情的、フジテレビ、ニッポン放送側に対して批判的なことと対照をなしているとも言えるでしょう。

ところでホリエモンとは、いったい何者なのでしょう?


メディアを通じて聞こえてくる声から判断する限りは、良くも悪くも若年の中小ベンチャーのオウナーといった感じであり、その限りでは有能なのでしょうが、別段、何らかの思想・信念を持つ人物にも見えません。その語るところは、ごく素朴な米国流の市場主義に則ったものであり、堀江氏の言葉を聞くまでも無く、多くのブロッグや掲示板で市井の人々がその思想をはるかに明快かつ能弁に語って見せてくれているのであり、それは堀江氏が現在、経済問題や株式投資に関心を持つ者の平均的な思考パターンを素直になぞったという以上の思想を恐らく多くは持ち合わせていないであろうことを予想させます。ネットを通じた口コミレベルでの堀江氏に対する賛同の多さは、経済・市場に関する理解を少なからぬ数の日本人が堀江氏が獲得したものと同質・同レベルで現在までに獲得してきていることを裏書しているものと思われます。それが真実であるならば、結局、堀江氏には現在の日本の市場原理信奉者の中における一人の成功者という以上の重要性は無いわけで、ホリエモンを排除しようという動きは、それこそ時代に取り残されたものたちによる、アナクロで反動的な企てに過ぎないことになってしまいます。

現在の日本では、政府・与党から野党・メディアに至るまで、各論での既得権益擁護ということは抜きにすれば、言論レベルではアメリカ型市場主義と自由経済体制の構築という点で右から左まで(ニュアンスに差こそあれ)大枠でのコンセンサスは既に出来上がっているように見受けられます。ホリエモンの目指すコーポレート・ガバナンスのあり方についても、総じて(堀江氏を批判する当のマスコミの論調自体における)既に確立しているコンセンサスの範囲内であるといえましょう。

繰り返しますが、それではホリエモン氏のいったい何が危険なのか?ソフトバンクの孫氏でもなければ、楽天の三木谷氏でもない、なぜライブドアの堀江氏だけが危険人物として認識されるのか?いいかえれば、孫氏や三木谷氏と比べて堀江氏は何が違っているのか?
しばしばメディアが批判している点が、堀江氏のスタイル、ネクタイをしない、カジュアルな服装で会見に臨む、そのスタイルにあります。これは、同じ「インターネット系企業経営者」でありながら堀江氏を他の経営者から際立たせている大きなポイントとなっています。

というか、それ以外、これといった違いを見出すのは実質困難なのです。孫氏や三木谷氏はより慎重な経営スタイルをとり、沈黙を金とする人々で多くを語りはしませんが、それでも基本的な経済思想は米国流の市場主義をベースにしたものであることは容易に想像できます。

また、個人的な印象を語らせていただければ、この堀江という方、あまり傲慢という印象を受けないのです。SBIの北尾氏などのほうが、はるかに挑戦的で、傲慢に見えてしまいます。やはり、ホリエモンとしては、当初の「ボタンの掛け違い」が痛かった、という結論になってしまうのでしょうか?

しかし、問題は本当にそれだけなのでしょうか?

孫氏、三木谷氏、それぞれ、メディアに登場する頻度は決して少なくありませんが、彼らはあくまで企業経営者として、それぞれの企業や業界問題に関して、主にコメントをしています。それに対して、ホリエモン、こと堀江氏は自身が、今流行のキーワードのひとつになるかと思いますが「セレブ」としてメディアに露出している。言いかえれば、会社を代表する、という形から一歩踏み込んで、「自分を売り込む」ためにメディアに露出している。小規模な企業の経営者であれば、こういったマーケティングの手法を採用するものは過去も現在も多数存在するわけですが、ライブドア規模の時価総額をもつ企業のトップとしては異例であったかと思います。企業トップ個人としての「ホリエモン」を集中的にメディアに露出させることで、ネットでのライブドア系列のサービスへとトラフィックを誘導していく…「敢えて言えば」、これがライブドアをして他の新興IT企業と一線を画した存在にしている要因といえるのかもしれません。

しかし、例えばディズニーのD・アイズナーのように、企業トップ自身が「セレブ」になることで、経営の求心力を高める、という戦略は、日本のお手本であるアメリカに例を求めればさして珍しい事態ではない。アイズナーは既に失脚した、というのは皮肉な話ですが、それでも、ホリエモンが目指すのが和製アイズナーである、という仮説はまんざら的外れとも思えない。(ご当人はIT・メディアだけでなく金融でも地位を固めていく、と述べてはいるようですが…)

そのような仮説に理があるのか無いのか…それは分かりませんが、理があると仮定して、それでは、それが何故、堀江氏をして危険人物とすることになるのか?

わたしの推理力はここで力尽きてしまうのであります。

ホリエモン、SB、フジテレビ

ここ数日の動きを見ていると、ソフトバンク(SB)は機が熟すのを声を潜めて待ちわびていた、という感がある。記者会見でのコメントのいかんに関わらず、SB自体の戦略目標がフジテレビを傘下に収めることは明らかで、
そうであるならば、key issue はフジテレビの独立が守られるや否や、ではもやはなく、同テレビを傘下に入れるのがSBなのか、ライブドアなのか、に完全にシフトしたといってよかろう。

もちろん、誰がフジテレビを手に入れるかで、見た目上はかなりの差があるかもしれない。SBがその傘下に収める事態になれば、フジは表面上はより大きな自立性を克ち得たかのように見えるであろう。

しかし、ホリエモンとlivedoorとは違い、SBはメディアに関して「素人」ではない。資本力でも圧倒している。ホリエモンのいう、「メディア・IT・金融」コングロマリットとしても、既に金融部門でlivedoorにはるかに先行している。

SBにとって、現状ではlivedoorを叩き潰すメリットはない。ホリエモンがメディアの視線を集める中で、孫正義は自由に動く余地を拡大している。

孫はホリエモンにもそれなりの手柄を譲ってやりつつ、実質を、メディアとインターネットとの融合という宿願を自らの手で実現していくだろう。

ホリエモンの恍惚と不安

さてさてこの世の春を謳歌しているかに見えるホリエモンですが・・・

弁護士の相次ぐ辞任は何を意味するのでしょう?
カネに笑うものはカネに泣く。まだまだフジにも反撃のチャンスは残された現時点で
弁護士の辞任を認めざるを得なかったという事実。
それはホリエモンの周囲が早くもライブドアを草刈場として認識し始めていることの何よりの証拠でしょう。

今後は弁護士のみならず、
社内でも、山っ気の強い輩からの給与水準アップ、特別ボーナス等の要求が高まることが予想されます。

「金で買えないものは無い」と豪語したホリエモンですが、
自分の周囲を取り巻くカネの亡者たちを合理的な報酬で満足させるためには
逆説的ですが、「カネ」以外のキャロットが是非とも必要になる局面を間もなくむかえることでしょう。そのときホリエモンは(カネ以外に)何をオファーできるのか?

正念場を迎えたのはライブドアではないか、という観測です。

養老孟司とオウム

金曜日の「ニュースステーション」に養老先生が登場しました。朝青龍の金色のまわしに相手力士が手を触れることができないという女性キャスターのレポートを聞いて、なぜ回しに手が触れたか触れないかなどに拘るのだろう、勝てばそれでいいじゃないか、と思ったそうです。

養老先生、発表なされる文章を読む限りではまだまだ切れ味鋭い感じですが、お顔を拝見すると、名前のとおりの好々爺然とした優しいお顔で、人生をエンジョイしてらっしゃるように拝見しました。

どうやら養老先生がゲストに来たのはオウム問題が特集だったためのようです。私はオウム事件を知らない日本人で、知りたくもないと思っている者ですが、テレビで現在の同教団の周辺の様子を眺めていると、教団内部の人間が冷めた、白けた雰囲気で淡々と暮らしているのに対して、外部からそれを否定し排除しようとする人々が、10年を経た現在でもなお、ヒステリー状態から抜け出せていないように見えることが印象的です。救いが必要なのは普通に社会生活をしている人たちとてご同様、という感じでしょうか?