中年広告屋の真っすぐ奮闘記 -29ページ目

<人を好きになる仕組み>

感性が似ているから、人は人に興味を持つのだろうか。
あるいは「人が人を好きになる」というメカニズムはどうなっているのだろうか。


ざくっというなら、前にも書いた気がするが、殆どの場合、世の中に存在するのは男女。
男と女である以上、多少なりとも、いや殆ど100%に近い確率で、人は人を好きになり、共存なのか共に生きるそういう存在を捜し続けるし、捜していないにしても、そういう機会があれば拒む人もかなり少ないはずだ。


僕なんかは、仕事あるいはそれにまつわる諸々のこと以外のことで考えているのは、異性こと以外ないと言っていい。
そういうとかなり偏った言い回しになるかもしれないけれど、好きな人がいればその人のことをずっと考えていて、差し支えないと僕は思っている。
それでいろいろなことが疎かになるのは愚の骨頂だけれど、そうでない限り考えているのは必要なことだとさえ思っている。
年齢は関係ない。


そうそう、話がどっかに行きそうになったので元に戻すと、人はどういう理由あるいは根拠で人を好きになるか。
若しくは、その前段階での「興味」を持つのだろうか。

共有できることが多いというのは、例えば趣味が似ている。
選ぶものが似ている。考え方が似ている。
さしづめそういうことだろうか。
それって別の見方をするなら、「楽」であるってことでもあるのかもしれない。


極論を言うなら、「片思い」でも十分イイんではないかというそんな気持ちがしている。
これは恋愛だけではないのかもしれない。
「片思い」・・・これは非常に重要な考え方だ。

原点は、これではなかろうか。
というと少し大袈裟だけど、スタートは少なくともそれではないか。


うぅ~ん。
まだまだこれは分からないな。
永遠に分からないのかもしれない。
だけど、考えるのは、実にいいことだと思うので、しばらく続けてみたいと思っている。