世の中、不況不況と言われているが、いかに自分が平和ボケしているかを自覚する出来事があった。

それは10月8日放送のフジテレビ系「アンビリバボー」のあるコーナーを見ていたときのことだ。

「感動のアンビリバボー シベリア抑留のなか、部下を救った小隊長」

これは戦後、日本人捕虜がカザフスタンに強制的に送られ、過酷な労働を強いられる中、自分の命の危険

を顧みず、部下を守った話だった。恥ずかしながらシベリアといえば白鳥くらいしか思い浮かばなかった

自分は、極寒の地で強制労働の末死んでいった日本人が多数いたことを初めて知った。

番組を見ているうちに、はっと死んだおじいちゃんの話を思い出し、過去の手帳を引っ張り出した。

完全に身内のことだが、興味がある人は見てください。完全に自分しか読まないと思って手帳に書いた物

なので、文がちょっと変です(汗)

以下抜粋
『平成18年9月17日
日付が変わって昨日、バイクをバラしながらおじいちゃんから昔話を色々聞いた。
おじいちゃんは戦前、船(50馬力位の)の機関士をしていたおかげで戦争中、戦場へ行かずにすんだんだって。三郎さんも同じように機関士の経験があったから、(戦争中は)飛行機の機関士をしていたんだけど、弘前で兵隊の訓練をしていたとき、終戦を迎え捕虜としてウクライナへ連れて行かれて亡くなったそうだ。
(亡くなった)理由は病気ということだが、捕虜として扱われていたから…
元々体も弱くはなく普通の健康人だったそうだ。四郎さん、五郎さんは小さかったので戦場へは行っていない。よって家には赤紙は来ていないんだって。
そうそう、おじいちゃんは船にのってたとき,塩釜神社に2,3回行ったことあるんだって。上までは行ったことないって言ってたけど、来春に(一緒に)行こうって言っておいた。「そこまで元気でいるかなぁ」っていってたけど、元気でいてくれ!、いつまでもさ。』

そう、この中に出てきた三郎さんが、シベリア抑留され、異国の地で亡くなった自分の身内なのだ。

今回見た番組を通じて、過去にあった悲惨な現実を知ることが出来た。眠い、寒い、ハラへった、疲れた

。。。普段軽々とこんなことを口にする自分が恥ずかしく思える出来事だった。