1月27日から28日にかけて、佐藤病院の院長の河合先生と同じグループの病院の清水先生が見学に来られました。


お二人は、私が大阪の北野病院でレジデントをしていたときの、先輩です。


お会いするのはほんと10年ぶりくらいでした。


河合先生があまりお変わりになっていないのにびっくり笑


年齢を聞いてさらにびっくり。


月日の流れるのは早いもんだと痛感。




ヒョン先生の腹腔鏡の胃癌手術や、開腹胃癌手術を見学されていました。



河合先生は、韓国語でのあいさつを準備されており、わがチームはみんな、ほほーっと驚いていました。

他人を評価するのが大好きなウーは、


『I guess...he is a thoughtful person...』

とのことでした。。。




28日の夜は、先生方に、市庁広場前の日本居酒屋『とんあり』でごちそうになりました。


なんで私がごちそうになってるのか、よく考えると逆のような気もしますが・・・


私は韓国の習慣に染まってしまっているので、年上の人にごちそうになることに全く抵抗を感じなくなっています(笑)。



そのときは特に考えることもなく、ありがとうございますと言ってしまいましたが、普通はこちらが歓迎するところですな。(^▽^;)



しかも、何でもごちそうするよ、といわれて、日本料理を選んでしまう私って、ちょっと空気を読めない感じですか?(;^_^A




私は全然thoughtfulじゃないです。はい。




二軒目はウルジロ1街のロッテホテルのラウンジでビール一杯飲んで、別れを惜しんで帰途に着きました。


ずっと途切れることなく、手術のことや、日本の医療のことや、お互いの知人のことや、話していました。


楽しかった!


ソウル留学日記


ちなみに、ロッテホテルのラウンジ、好きです。






こうやって、韓国に来なければ再会できてたかどうか分からない先生方とお会いできるのも、留学の醍醐味です。


しかし、あと1ヶ月もありません。


ここに来たときには、8ヶ月(正味7ヶ月半)は長い。。。わたしウツにならへんやろか、とずい分心配してました。


最初は全く韓国の生活習慣や言葉になじめず、かといって周りにほとんど日本人がいないので、辛い思いもしましたが、それ以上にやることがたくさんあって、寂しさを感じるヒマがありませんでした。


ただ、日本語を話せない環境というのは、ことのほか堪えました・・・


7月8月は、街を歩いていても、日本語が聞こえてこないか、いつも耳をそばだてて、日本人がいたら知らない人でもガンガン話しかけようと思っていました。


日本語を話したかったのですよ、私


とても日本語に飢えていました。


しかし、残念ながら、シンチョンの道端を歩いている人たちから日本語が聞こえてくることはなく、私は寂しく英語とカタコト韓国語で過ごしていました。




いまはだいぶ慣れてきたので、ミョンドンやウルジロなど日本人がたくさんいるところで、日本語が聞こえてきても特に感慨も湧きません。


日本語話したい! という気持ちも以前に比べるとだいぶ治まってきました。


以前は啄木の心境が身に沁みて、とても切なかった。


ふるさとのなまりなつかし停車場の、です。




・・・どんな状況にも人間って慣れるものですね。


私は自分のことを、あまり適応能力のないアンバランスな人間だと思ってましたが、そんな私でも適応してるつもりになれますから、物事というのはやってみると案外うまくいくものなのでしょう。


神は乗り越えられる試練しか与えない、といいますし。


ポジティブに考えてると、そのように物事が動き出す、ということも実感しました。


というよりも、思考以上の行動が出来るはずがないし、目標以上の成果が得られるわけもないのです。




こんな単純なことに気がつくのに40年かかってる。(^^ゞ


ビール飲んで考えようとか思って、ビール飲み始めたらあまりいろいろ考えられなくなるのが原因でしょうか。。。(^_^)v