私は、己の過去の過ちを皆さんも犯しているのにストップをかけたい
最近、つくづく思う大きな勘違いを
では、本題に入ります

~飲み会にこそ真の価値あり~
私は、大学生の頃お酒が弱いこともあり、飲み会は欠席するか1次会の途中で帰ることがほとんどでした
その頃の私は、飲み会などくだらない。2次会、3次会に行く奴はどうかしてるとさえ感じていました
皆さんも、大学生以上であれば飲み会の一つや二つあることだと思います
その度、「嫌だな~」と思うこともあることでしょう
特に、私と同じでお酒の弱い人or嫌いな人はなおさらです
でも、
学びを目的としている場合、セミナーの内容よりも飲み会での会話の方が何倍も濃く人生においてとても重要な学びの場になります
セミナーの場合、段取りや内容などはなから決められたものばかり。そして、誰にでも理解出来るものでないと成り立たないために普遍的に話すことが多いように感じます
そして、ほとんどが一方通行
それに比べ、飲み会の場合、基本1対1で話せてお互いが考えを述べれますし、禁句なども一切ないので本音が聞けて、そこに大きな学びがあります。
そして、相手とのコミュニケーションが一番とれる場でもあります
最近、
私が参加した飲み会の場にいた一人の方の発言で印象的なものがありました
それは、
「彼らは、これ以上の成長はないね・・・」という一言でした
飲み会の1次会が終わり、2次会が終わり、3次会に行く途中のこと
飲み会は、1次会、2次会、3次会と数が進むにつれ人数が減ってきます
1次会では12~14名近くいた人も、3次会では6名にまで減っていました
人数が減れば減るほど、内容はどんどん濃いものになってきます
3次会が一番内容が濃いのは必然。それなのに途中で帰るなどありえないと言いたかったのかもしれません
上記の一言を放った方は、不労所得を確立されており1年中好きに過ごせる・・・まさに成功者でした
その方の生活は、私の理想そのもので一語一句聞き漏らさまいと話しを聞き続けました
結局、3次会までの飲み会代は11,000円かかりましたが、「安い!!」と感じました

不思議なのが、
多くの人は、セミナー代・交通費は惜しげも無くお金を出すのに、飲み会となった瞬間お金を出すのをしぶる傾向があるように思います
それは、飲み会を軽く見ている証拠ですね
私は、セミナーの内容よりも飲み会の内容の方が何倍も大事だと思っているので懇親会は最後まで参加しようと心がけています
飲み代で11,000円は高いと感じる方も居られるかもしれませんが、それは単純に短期的視点で見た場合で、長期的な視点で見れば痛くも痒くもない
それより、飲み代をケチって人生を左右するかもしれない話しを聞けなかったり、自分の何十倍何百倍と凄い方の話を聞けるチャンスを逃す方が痛い
飲み会と思うから11,000円が高いと感じるだけ
飲み会ではなく、個人コンサルだと思えば安いと感じるはずです
飲み会はもはや個人コンサルと変わらない
そして、
飲み会に参加するに置いてもう一つ大事なことがある
それは、自分の話は一切しなくていい。相手の話を聞くに徹することだ。
自分より実力が何十倍、何百倍凄い人と話しをする時、自分の話をする必要などない
相手の話にだけ耳を尖らせておけばそれでいい
勘違いをしている人は、上の方に意見する
「あなたはこう言いますが、自分はこう思う」
「私は今のやり方は間違っていないと思う」など
はっきり言うが、自分の意見はほぼ100%と言っていいほど間違っている
小さい世界では正解でも、大きな世界では間違いなのだ
自分より実力が上の人は、見えている視点が自分より広い
より広い視点を持つものが、より正しい考え・判断を下せるのは当然
自分の考えは、自分が見えている範囲でしか考えていないのだから、間違っているのがほとんど
それに、その方の考えが正しいからこそ自分より結果を出しているのだからそれを聞き入れないのは愚の骨頂とも言える

ただし、
私が誰の意見でも聞くのかと言えばそうではない
私が耳を傾ける、傾けないにはきちんとした条件がある
1、実際に行動しているか
2、同じ土俵の上か
細かく言えば、他にもあるが大きく分けるとこの二つ
まずは、行動しているかどうかだ
私は第一に、口だけの人の話しは聞かないようにしている
なぜなら、口だけなら誰でも出来るし、やるのとやらないのでは天と地ほどの差がある
行動して初めて知る課題や問題がある
それも知らずに「やれば出来る」と口だけで言う人が信じられない
自信を持つことは大事だが、それ以上に行動に移すことの方がもっと大事
口だけで何もやらない人より、駄目でも目標を掲げ挑戦した人の方が信頼出来る
プロサッカーの解説者にサッカー経験はないが、サッカーの本を読み漁りましたという人がいるだろうか?
プロにはなれなかったとしても、サッカー経験がある人の方が頼りになりますよね
知らないと知っているには差がある
でも、知っているとやっているにはもっと差がある
知っているのにやらないのは、知らないのと同じだ
次に、
同じ土俵の上の人か
これは、実力が上の方という所で関係する
例えば、小さな中小企業の社長が今後の会社のことで悩んでいて、それを一流サラリーマンに相談するだろうか?
いや、しない
上場企業の社長に相談するからこそ価値があるのだ
一流サラリーマンへの相談は同じサラリーマンがすればいい
東大に入りたいのであれば、京大生でも、関大生でもなく、東大生に相談しなければならない
そうでなければ、誤った考えや意味の無い答えを聞くはめになる
それは、時間の無駄だ

無駄と言えば、
飲み会のすべてが価値があるとは限らないということ
価値がある飲み会があれば、無駄な飲み会もある
一つは、ネガティブな飲み会
一つは、学びのない飲み会
私は、ネガティブな飲み会は無駄でしかないと思っている
こちらの気分も下がりますし、良いことは一つもないので、そういう飲み会は参加しないかすぐ帰る
そして、学びのない飲み会だ
これは、ネガティブな飲み会よりはマシだが、楽しいあまりに切り捨てにくいことも事実ある
その最たる例が、サークルや同年代での飲み会
話しは盛り上がり、楽しく気分も上がるが、多くの場合学びはない
同年代でも、年下でも尊敬出来る部分や志が同じであれば問題はない
だが、ただ楽しいだけ・ただ居心地がいいだけでは話にならない
それは、時間を無駄にしているだけになる
だからこそ、私にとってセミナー後の飲み会ほど大切なものはない
セミナーに来ている人の多くは志が高い上、尊敬出来る人が多々いる
今思えば、3次会に残っていた人は全員尊敬出来る部分があり、全体的にポジティブな会話が飛び交うのでとても楽しかった
学び&楽しの飲み会ほど充実させるものはない
後は、そこで学んだことを実践に移すだけだ
まとめますと、
飲み会にはセミナー以上の価値が存在する
だが、飲み会すべてが価値があるとは限らない
ネガティブな会話、楽しいだけの飲み会ではほとんど意味がない
そして、学ぶ相手を間違えてはいけない
口だけの人、違う土俵の人の話は、自分の人生を誤った方向へと導いてしまうことになる
あなたが目指すべき方向にいる人の話を聞くから意味がある
一流経営者になりたいなら、一流の経営者に
一流モデルになりたいなら、一流のモデルに
一流の芸人になりたいなら、一流の芸人にという風に
以上