最近、ふと、あっそうか!って思ったことがあり、その考えは私の中では確信になっている。
それは正確ではないのかもしれないが、私はそう思っている、ということ。
前は自分で自分を大事にする、という言葉はイマイチよく分からなかった。
ナルシストっぽいし、酔ってるみたい、自己啓発の匂いがするし、イメージできなかった。
真理子さんのいつかの授業で、自分って魂と肉体(意識と肉体)で出来てるんだと本気で思ったことがあった。
魂は前世の前世のずーっとずっーと前から続いていて、人生の記憶はその度ごとに失われているものの、魂として成長しようと生まれ変わりをしている私。
肉体は入れ物。
自分が周りから尊重され、きちんと扱われ、大事にしてもらえるっていうのは、自分の意識や肉体が魂を大事にしようと思うと、周りの人達の意識にもそれが波及していくのではないかな。
自分の魂と肉体は違うということを、真理子さんは少しずつ教えてくれてきたのかな、と思った。
違うということが分かったから、私の認識が無意識のうちにこういう考えに書き換えられてきたのではないかなぁ。
自分が大事だから、自分が嫌がる事をしない。
魂が嫌がってることを、ムリヤリやらせない。
断ってあげる。
自分が大事だから断る。
嫌がってることを断ってくれたら、魂が喜ぶ。
魂に沿うことをやっていくのが1番自然で、1番サポートを受けられる、そういうことなのかな、と思った。
自分の魂と少し距離を置く感覚で、魂のご機嫌を折々に伺い、おもてなしをしていこうかな、と思えた。
今、どうですか?
嫌なことはないですか?
何をしたら気持ちいいですか?
そうやってご機嫌伺いをすること、それが真理子さんの言う内省ですか?