四十九日が終わって、帰りの電車の中で真理子さんにLINEした。
私はやり過ぎたのではないか、スラスラ言葉が出てきて自分でも不思議なくらいだった。
と。
真理子さんからはしばらく経ってからお返事が来た。
出来ないことは出来ないといえたのはいい事だけど、もし余裕あったら付き合ってあげる。
でいいと思う。
と。
多分私は真理子さんに褒めて欲しかったのだと思う。
真理子さんからお返事が来た頃には四十九日から1週間ほど経っていたが、私は何かスッキリしていた。
何かが抜けたというか、明らかに変わったのが分かった。
私のインナーチャイルドが喜んでいるのだと思った。
今1番大事なのは、私のインナーチャイルドを癒すこと。
そして家族。
と私がはっきり言った事で、インナーチャイルドが満たされたんだと思う。
そして、私は無意識下で口から出てきた
人を信用できないでいるのがつらい、という気持ちが言葉になったことで、急に意識化されたのだと思った。
これからは、人を信用していこう、と思えた。
言葉にするということは、意識した、ということと同意義だし、意識するということはその方向に向かっている、とはっきり分かったのも新鮮だった。
いろんなことが動き出した気がした。
ふと気づいたら子どもっぽい感情がそんなに出てこないなーと思う瞬間があったりした。
四十九日での母との対決(敢えて言えば)が、こんなに放射線状にいい方向に波及するなんて。
一段上がった気がしたし、ひと段落した感じもあった。
心の中は常に穏やかで、静かで、大事なことが何か分かり、それに集中できる、、
これが自分の根っこがしっかりするということか、グラウンディングが出来ているというのはこういう事か、と実感することができた。
自分の根っこがしっかりすると、多少のことでは揺らがないというか、大事なのはそこではないのかどうなのかを冷静に見極められるのかもしれない、とその時思った。
私の突破口はそこだったんだ、ようやく突き抜けられた気がしてとても嬉しかったし、達成感があった。
四十九日前の私とは違って、母にも気軽に電話出来るようになった。
ただ、母の電話はホントに重くてしんどいこともあるのだけど。
それでも俯瞰で見て、大事なのはなんなのか、をポイントで伝えて、感情的でウエットにならないように話せるようになったと思う。
四十九日から1ヶ月ほど経つまでは、突破して次に行けた感動があって、ウキウキしていたし、変化を感じるのが嬉しくて、味わっていた。
が、これまで何度かあったのだが、次へ行けたという感覚はしばらくすると慣れてきて、当たり前になってくるのだ。
ずっと慣れないでいたらどんなに幸せだろうと思う。