何故1番好きなものは変わらないのか?
最近ふと思ったことがある。
私は『呪術廻戦』が1番好きな漫画だ。
もちろん『チェンソーマン』も好きだし、『葬送のフリーレン』も好きだ。
チェンソーマンの24巻の表紙を見た時は、一瞬で引き込まれたし、フリーレンのアニメを見た時は「このアニメを作った人はキャラクターの魅せ方をよくわかっているな」と感心した。
どちらも本当に素晴らしい作品だと思う。
でも、「1番好きな漫画は?」と聞かれたら、やっぱり答えは『呪術廻戦』になる。
不思議なことに、どれだけ面白い作品が現れても、その答えは変わらない気がする。
そして、それは漫画だけではない。
1番好きなゲームは『スプラトゥーン』。
1番好きな実況者さんはダイナモンさん。
1番好きな持ちブキはデュアルスイーパー。
1番好きなボカロ曲は『チルドレンレコード』。
今後もっと面白いゲームが発売されるかもしれない。
もっと上手い実況者さんが現れるかもしれない。
もっと強いブキや、もっと好きになれる曲が出てくるかもしれない。
でも、なぜか「1番」は変わらない気がする。
昔は不思議だった。
人の好みなんて変わるものだと思っていたからだ。
しかし最近になって気付いた。
私にとっての「1番好き」は、単純に評価が高いものではないのだ。
例えば、チェンソーマンは本当に面白い。
主人公のデンジは魅力的だし、マキマさんやレゼも好きだ。
1巻の導入も素晴らしい。
いきなり主人公が登場し、彼がどんな人生を送っているのかが短い時間で伝わってくる。
一方、呪術廻戦は主人公ではなく伏黒から物語が始まる。
初めて読んだ時は「この子が主人公なのかな?」と思った。
でも今振り返ると、その導入が作品の空気を見事に表していた。
こうして考えると、作品にはそれぞれ違った魅力がある。
面白さだけなら比べられない。
だから「どちらが上か」という話ではないのだ。
私は呪術廻戦の1巻の表紙が好きだ。
あの表紙には作品の禍々しさが詰まっている。
五条先生の
「強く聡い仲間を育てることを」
という言葉も好きだ。
読み返すたびに、この作品が何を描こうとしていたのかを思い出す。
つまり私にとっての「1番好き」とは、単なる作品ではない。
その作品を読んでいた頃の自分や、その時に感じた気持ちも含まれているのだ。
だから新しい作品が現れても簡単には変わらない。
それは順位ではなく、思い出だからだ。
チルドレンレコードも同じだと思う。
今でもたくさん素晴らしいボカロ曲がある。
しかし、1番好きな曲を聞かれたら迷わずチルドレンレコードと答える。
それは「今聴いて一番完成度が高い曲」だからではない。
初めて聴いた時の衝撃や、その曲と一緒に過ごしてきた時間があるからだ。
デュアルスイーパーもそう。
環境が変わっても、強いブキが変わっても、結局持ち続けている。
それは強さではなく、自分に合っていたからだ。
好きな実況者さんも同じ。
好きなゲームも同じ。
気付けばずっと変わっていない。
私は以前、『葬送のフリーレン』のアニメを見終わった時にこう思った。
「来年の10月になっても、私はまだフリーレンを好きでいるだろうか?」
その時は少し不安だった。
でも今なら思う。
たとえ毎日フリーレンのことを考えなくなったとしても、きっと好きなままだ。
なぜなら、本当に好きになった作品は消えないからだ。
そして私は今、こう思っている。
これから先、もっと面白い漫画に出会うかもしれない。
もっと好きな曲が増えるかもしれない。
もっと尊敬する人に出会うかもしれない。
それでも「1番好きなもの」は変わらない気がする。
なぜなら、「1番好き」は競争で勝ち残ったものではなく、自分の中に残り続けたものだからだ。
だから私はこれからも、新しい作品に出会いながら、今まで好きだったものも大切にしていきたいと思う。😊🍀


