全国的に新型コロナの感染が拡大してきているようですね。
重症化率とかそういったことは専門家に委ね、全体的判断は最終的に行政他主管団体に委ねざるを得ないので、それはそれとしてそこに何か言うつもりはなく、ずっと感じていることとして。
一般論ではなく、あくまで自分を振り返っての話。
僕の場合、大人の1年間と、子供や青春時代の1年間って、振り返っても全然重みが違うわけで。
例えば、僕が一生の友人だとして付き合いたい人は沢山いるけど、そのほとんどが学生時代だったり、とりわけ部活で一緒に汗や涙を流した仲間も多かったりします。
一生続けるつもりのジャズだって、高校で音楽に、そして大学でジャズに出会ってシャカリキに向き合ったから一生物になったわけで。
仮に、例えば集大成となる最終学年1年間、ほとんど活動できませんでした、なんてこと。
振り返ると本当に想像できません。
ましてや3年間、ほとんど活動できませんでした、ブレーキ踏みながらチョボチョボやってました、なんて時期だったら。
まず、もうジャズやってないかも知れない。そこまでの蓄積も思いもない。
一緒に汗ながしたり、ぶつかったり、バカやって笑いあった仲間も、もうこんなに繋がれてないかも知れない。
間違いなく僕の人生が大きく変わっている。
もちろん人生1度きり、ABテストで比較できるわけでもなく、何が正解か、何がベターか、は分かりません。
そして今の子供たちが、制限された環境下であっても、各々一生懸命取り組んでいるのは分かっています。
だから、無駄だとか無理だとかは思いません。
安直に「かわいそう」だとか言うつもりも全然ありません。
でも、あくまで僕の人生を振り返り、今の状況と照らし合わせても、やっぱり思います。
僕が今の環境で学生生活を過ごしてたら、今持っている大切なものの割と多くは、持っていないと思う(もちろんそうとは気づかずに)。
その意味で、1人1人の手から、見えないけどキラキラ輝く一生物がこぼれ落ちていくようにも感じます。
でもまだ、取り返せる。
中学でできなかったことを、その分高校で爆発させればいい。
高校でできなかったことは大学に行ける人は、その分大学で大爆発させるかも知れない。
だから、青春を爆発させるチャンスが無くなる人がどんどん増える前に、少しでも早く、とか思う。
早く収束することが一番ですが、それを待たず一定程度の根拠と判断を持って、社会的に落ち着きを取り戻すこと。
願わくはとりわけ子供たち。
思いっきり、学生生活を過ごせるように。
大人はガンガン飲みに行ってるのに、子供の大会の中止って何なん。
やらせてあげようや。一生の宝、作らせてあげようや。
という時期も、ありましたね。
(もちろんそんな単純な話ではないのは分かった上で)
最近、大学生や高校生、中学生の活動と触れ合うこともあり、改めて思いました。
大人になってから感じてる1年と、子供達のその1年は、人生において圧倒的に違う。
僕は5倍は軽く違う(意味的にも体感時間的にも)と思ってるので、子供たちは僕らの体感時間でいう15年分も制限しながらやってるんだ、と思うと、何とかしたい。
だからもう当たり前の生活になっているのだろうけども。
色々あって難しいのは、分かっています。
でも。
でも。
かつては子供だった大人たちは、その輝くような1年1年で、どんなものを手に入れたでしょう。
どんな時期だったでしょう。