自分以上を出そうとするから面倒なことになるわけで。
自分の実際以上に認められようと思うからシンドイわけで。
自分の出来ることを淡々とやっていけば自ずから、備わるべき評価がついてくる。
そうであるのに評価を追いかけて、
背伸びして、良く見せようとして、自分以上を出そうとする。
もちろん出る時もあり、出ない時もある。
そうしてパフォーマンスがブレるから、何だか薄っぺらくてウソっぽくなる。
「マイナスからのスタートや」
大学時代アルバイトで店長が1度だけ言った言葉です。
マイナスからスタートしても、焦らない、気にしない。
備わるべき評価がついてくるから。
それが低いのか高いのか知らない。
でも、備わるべきものがちゃんと。
それ以上でもそれ以下でもなく。
だから1回1回の評価を追うのではなく、
ちょっとずつでも自分の力をつけ、自分の目で自分を見る。
(人の目を通して、自分を見るのではない)
例えば、サイコロを振る。
その平均値が評価だとする。
そうすると大きな数字が出したい。
1回目は、2が出る。
2回目は、1が出る。
3回目は、また2が出る。
マジか、と焦る。
逆に大きな目が出れば喜ぶ。
でも実は1000回も振れば、常にその出目の平均は3.5に限りなく近づく。
1回1回の出目なんて、ほぼ関係ないのであって。
つまり、回数を経れば必ず、自ずから備わっている姿になる。
(そこの決定要因はサイコロの形だ)
なので、1回1回の出目に一喜一憂して、そのことに時間とエネルギーを費やすのではなく、
サイコロの形(自分の能力を)をどう成長させていくか、
これに焦点を当て続けるかどうか。
いや、焦点を当て続けるか、というよりも、
他のものに視線を取られないか、という方が本質的か。
なんつって。
さて、11/23のコンサートの本番が近づいてきました。
自分以上を出せるようになんて思ってやしません。
願わくは不足なく自分を出したいので、そうできるように準備はしたいなと思います。
その結果、思ってるもんが出なければ、
それが「現時点の」「本番の」自分の実力なので、引きずることも無いですけども。
えてして人は、練習時の良かった時の演奏を繋ぎ合わせて、今の自分の実力はこれだと思いこんだりするけど、本当はそもそもそれは練習時のベストパフォーマンスだから、全然違うものだったりしますよね。
更に、それと比べて本番はダメだったというのは、自分の見積もりが甘いのか、「今回はこうだったけど本当の自分はもっと」というちっぽけなプライドに過ぎないので。そしてそれとて架空の自分ですから。
いずれにしても、出たものは後でどう言ったところで変わらないので。
それを踏まえて進むのか、無視して進むのか、という。
現在地を確認してから進むのか、確認せずに進むのか、という。
そんなことを思ったりしました。
言うてて自分が全然出来てませんのダッハー!