義理父が大腸がんだっと診断されて、1か月入院して、天国に行きました。
コロナ禍で面会も許されなく、最後の2週間もう長くないから、1日2人の5分間の面会は特別に許してくれましたが、親戚にも合わせたら、みっちゃん(義理お母さん)があえなくなる状況から、姉さんがお父さんを退院させる決断をした。
先生が危険だと阻止しましたが、お姉さんはいさちゃんが1人で病院で亡くなるより、家族に囲まれて、亡くなってほしいという強い意志で、7月26日朝電話して、病院側も協力してくれて、午後の15時に帰宅する準備を全部整えた。
介護タクシーの中お父さんの手を握って、お姉さんが「もう家に帰るね」と何回も声をかけた。移動した時点でかなり血圧が下がったお父さんが強くお姉さんの手を握り返したらしい。その時私と旦那が高速道路で向かってる最中、認知症のみっちゃんは孫一人と自宅のマンションで介護ベッドの組み立てを待っている。
私達急いでベッドの横についたところ、先生が「もう息していませんね」と宣告した。1分間後死亡宣告をしました。
お父さんは家まで連れて帰るのを待ってたね。。。
私達子供達はもちろん悲しいですが、その悲しみの何百倍を味わうお母さんのみっちゃんがとってもかわいそう、認知症のせいで、お父さんが亡くなったことは覚えない、「お父さんはいつ帰ってくるの?」「もう死んだよ」という会話が一日何十回も繰り返す、でもみっちゃんにとって毎回は初めてのように聞くから、毎回号泣しちゃう。ショックと悲しみは初耳のようにみっちゃんを襲ってくるだろうが.....
葬式の最後のお別れの時、お父さんの顔に手を置いて、何回も「お父さん!戻てきて!私を一人に置いてかないで」と繰り返すみっちゃんを見てる人々も泣いていた。
蓋を被らせない、ずっとお父さんの顔を揺らすみっちゃんを2人の大人でやっと離させた。
「みっちゃんは俺のものだから、手を出すな」
「みっちゃんを一生大事にするから、結婚してくれ」
「みっちゃんにひと筋で、死ぬまでも一緒」
「すぐ退院するから、待っとって」
たくさんのお父さんからの言葉が今のみっちゃんの頭でいっぱい浮かんでくるらしい、認知症でも覚えている.....
みっちゃん愛のお父さんの遺留品を整理したとき、財布の中に挟んだ一枚の紙があった、「認知症が進まない話し方があった」という本の広告。きっと買おうと思って、新聞紙から切り取ったんだろう。
入院中、まだ意識があって、話せるとき、私の旦那に泣きながらお父さんが「なんでこんなことになったんだろう」と悔しそうに言ったらしい。まだまだみっちゃんを連れていろんなところに遊びに行きたいらしい。
せめて来年3月に二人の銀婚式まで頑張って生きてほしかった....「来年3月銀婚や!」と嬉しそうに話したお父さんのこと、まだ昨日のような....
毎日泣いているみっちゃんがお父さんに手紙を書いた。「お父さんが私の習字が好きでね、いつもほめてくれる」
もう見てられない....お父さんへの気持ちと思い、お父さんのところに届いてほしい。


