「D」発布の書簡で、ある社会学者が世紀末に関してこんなコトバを残してます。
世紀末の指導者は、他のどの時代の指導者よりも多くの資質が必要とされる。例えば人心掌握術や戦略性はどの時代にも必要とされる指導者の条件だが、世紀末では、鋭いナイフのようなイメージ~つまり科学者や芸術家が持つ頽廃的で先鋭的な空気~を持たなければならない。こうした条件を持つ人間は少ないため、世界は極端に少ない指導者と、その指導者に集う極端に少ない同志によって経営される事になる。世紀末に不穏な空気が流れるのはそうした土壌のせいだ。個々のサークルが世界を強烈に動かす事ができる状況下で、世界が見えない影に怯えるのは、むしろ自然である。そこでわくわくしてしまうような人間は、そうしたサークルに必ず入る運命にある。世界は、何かを興そうとする人間と-何かを興すには何かを破壊しなければならないが-彼らから旧態依然の世界を守ろうとする人間と二分し、戦いが始まる。そこで前者が勝たなければ、あらゆる学者が喜ぶようなエキサイティングな歴史にはならず、「何もなかった」と断言できるようなつまらない世紀が幕開けてしまう。
来世紀はすでに-今世紀末の戦いで-そうではないと確定しているが…。
/D発布、「アフター・ザ・ビッグデイズ」より
わくわくさせてくれる場所はすぐそこにあるのに、度胸のない人間がなんと多いことか・・・・・・と、思う今日この頃です。