にほんブログ村 お城巡り ブログランキングへ太田金山城の最寄駅である、東武伊勢崎線の太田駅。その駅前に鎮座している、二人組の銅像。新田義貞と脇屋義助の像です。「義貞公」のプレートしかないので、その隣に控える義助が単なる従者のように見えますが、二人は実の兄弟。かつて、この地にあった「新田荘」の当主を継いだ長男の義貞に対し、次男の義助は「脇屋」という土地に屋敷を構えたので、その姓を名乗っています。以前、「分倍河原の騎馬像」の記事でも書きましたが、鎌倉幕府に反旗を掲げ、倒幕を果たした功労者の一人として知られる新田義貞公。そんな義貞公と行動を共にして、鎌倉幕府打倒への挙兵から京都入り、そして南北朝時代までを戦い抜いた脇谷義助。兄の義貞が戦死した後も、後醍醐天皇が吉野に開いた「南朝」に従い続け、足利尊氏が中心となる「北朝」軍と争い続けました。********************戦国時代や江戸時代の扱われる比率の高いNHK大河ドラマにおいて、鎌倉時代~南北朝時代を描いた作品は、義貞達の活躍した「太平記」のみ。ちなみに、「太平記」で新田義貞を演じたのは、今は亡き根津甚八(途中降板した萩原健一を引き継ぎ)。そして、脇谷義助は石原良純でした。天皇家の血統など様々な問題があり、なかなか映画やドラマで扱いにくい時代の作品ですが、個人的には「太平記」は好きな大河ドラマの一つでした。大河ドラマでなくてもいいから、またドラマ化してくれないかなぁ。にほんブログ村 お城巡り ブログランキングへ
Ibati Rotihi Rarub
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