連投失礼。せっかくだからロザンのおはなし。
ツイッター、中毒鳥さんが私以外にもどれだけ増えたのか、気になるところですww
さて、日付が代わって今日はロザンのお二人がはなまるカフェ(はなまるマーケットの1コーナー)にご出演!の日ですね。
生放送のトーク、しかもお二人揃っての出演!
時間は短ろうと、多くのファンの方はこんな瞬間を待っていたのではないのでしょうか♪
(もちろん、私も♪)
これを機に「ロザンっていいコンビだな」と思う方が増えるといいな、というのが密かな願いですww
しかし、今日は仕事の後VEGAのダンスレッスンがあるため、今日中に録画したものを見られるか、不安。
むーー。頑張ろう・・・^^;
六十八億分の一
いちばんちっぽけなのは、自分自身だろう。
不透明な方向へ、ただひたすらに頑張ろうとすることしか出来ないから。
成してきたものを言葉にすれば少しは誇りになるだろうけれど、それで何かひとつでも、誰かのために何かをなすことが出来たかと問われれば返答に困る。
表現人として一番大切なのは「何を伝えたいか」なのだろう。
伝えたいことや伝える方向が明確でない限り、心には響いてこないのが芸術だと、個人的には考える。
歌であれ踊りであれ、芝居であれ映画であれ。
お笑いでもきっとそうだろう。
今まで10年近くライブをやってきたが、自分の伝えたい思いは個々の曲に精一杯込めてきたと思っているし、その思いを最大限に伝えたいという願いを抱いて歌っていると思う。それがどんなに拙い歌であっても。
ただ、アーティストとしての方向性ってなんだろう?と問われると、月並みな言葉しか出てこない。どこにでもいる女性シンガーソングライターになってしまいそうで、怖くなる。
その「どこにでもいる女性シンガーソングライター」になれているのかも、曖昧だけれど。
ふらりと立ち寄った映画館でマイケルジャクソンのツアードキュメントを編集した映画「THIS IS IT」を見てきた。
正直マイケルの楽曲は、自分が高校時代にダンスで使った曲しか知らなかった。強く興味を持ったこともなかった。
だけど、映像で見たコンサートは素直に凄いと思えた。
マイケルご自身のパフォーマンスも、世界レベルの技術の集結もそうだが、何よりも凄いと思えたのは「伝えたいことに対する果てしない情熱」。
マイケルは、自分が伝えたいことを伝えたいと思う方向に持っていくことに関して一切の妥協を許さない。
その感性を信じたステージクルーの考えの拾い方やそれをすぐさま形として実行する。またそれができる。
「プロフェッショナル」を一方向に極めた姿だと思えた。
私が世界レベルと比べられるものは何も無いが、ひとつだけ近づきたいと思えることは「揺るぎない自分の世界を作ること」。
私は今まで「誰かの世界と繋がりたい」という願いを持って曲を作ってきた。
自分の新曲が「京大芸人」をイメージした歌となっていったのも、その考えが根底にあるからだと思う。
誰かの世界に自分の曲が生きていたい。
自分の世界として完結せずに、共有できるようになりたい。
自分自身人として、一般的には珍しい経験をいろいろしてきているとは思うけれども、一般的にはごく当たり前かもしれない経験が、人よりは足りないと思っている。
足りないところを補填していくこと。それが、自分自身が「頑張っていかなければ」と思う最大の課題である。
人間的には未熟な部分が多く、本当はこんな言葉に出来るほど、出来た人間ではない。
いちばんちっぽけなのは、自分自身なのだろう。
不透明な方向へ、ただひたすらに頑張ろうとすることしか出来ないから。
だけど、「誰かの世界と繋がりたい」と願うことを諦めたくは無い。自分のいられるフィールドで、自分の世界を正しく発信できればと思っている。
たとえアマチュアでも、心はちゃんと「プロフェッショナル」でいたい。
歌うたいとして、また人としても。
また少しでも成長できたらと思う。
真夜中の書きなぐり、おしまい。
これを持って、暫く固い日記書くのを辞めようかなと思います。
これ以上誤解されてもいやだしね。
ここまで読まれた方がいらっしゃったら、ウザイ人間ですみませんと謝ることしか出来ませんが。
こんなちっぽけな人間ですが、気にかけてくださって本当に感謝しております。
表現
本当に伝えたいことを
どれだけ長く、詳しく言葉にしようとも
実際はその半分も伝えることができていない。
わかっていながらも、伝えたい思いは消えないでいる。
Aと書いたら別の人はBと受け止める。
そしてAと主張している。
自分の伝え方のせい?自分の言葉のせい?
あらゆる文章を上から下まで読んで、自分の伝え方の下手さに愕然とする。
揺るぎないものはひとつ、通っているつもり。
だけど、そこに装飾された邪魔なものが、結局周りを見えなくさせる。
プライドだって人並みにはあるだろうし、自分の強みや弱みは少しはわかっていようと思っている(明らかに弱みの方が多いだろうけれど)
ただ、理解したいだけなのに。
理解したい人から拒まれるのは辛い。
それでも、自分にできることは限られているのだと思う。
偽りがきくネットの世界だからこそ、偽り少なく向き合ってみたい。
表現者としてよりは、Consoleという人として、それは守っていきたい。
だから少しでも、偽り少なく伝えられるように、私も頑張っていきたいと思う。