白亜の追っ手に見つかるまでの、束の間の安逸に憩う背徳の塔。
サリエルがひょろりとたたずむのは、主を亡くしたばかりの第六階層だ。
たった一人の追想は、セムヤザ率いる7人の堕天使達が、まだ天使でいられた過去にさかのぼる――
空から覗き込んだ世界に混じる、鳥のノイズ。それが一層濃く強く覆いかぶさり、天辺がモザイクのように爛れた塔。
そこへまた、人の形をした肢体が運び込まれる。こんどは、若い娘だった物、のようだ。血が巡っていたころはパンッと張っていたであろう肉体は生白く弛緩し、だらしなく半開きになった唇は蒼く染まり、そこにはもう魂がないことを如実に示している。運搬者が去るのも待たずに、鳥たちは群がった。鋭利なくちばしに突付かれてようやく自らが激流であったことを思い出した血潮は、弱々しく噴出しては征服者の羽に赤黒い染みをつける。肉体は肉塊となり、肉片として嚥下され、やがては陶磁のような骨だけが残るのだろう。
鳥たちはうら若き死者の裸体を晒すのを悼んだのだろうか。しかし、いくら隠されようと、天からの視線は逃れられない。
「何故あんなことをする? 」
一心に、その風変わりな弔いを見つめていたサリエルを、はっきりとした輪郭を持った声が引き戻した。同じ疑問の答えを探している最中だというのをわかって、言っている。この無遠慮は間違いなく、アラキエルだ。当然のごとく業務に割り込んできた美形は、サリエルのことなどお構いなしに続ける。
「肉体なんて朽ち逝くままにしておけばいいものを、なんで鳥になんか喰わせる 」
「…何か意味があるんじゃないか? 」
思わず答えてしまった。挑発に乗ってしまったも同然だ。
「意味?そんなもの、あってもなくても同じだろう 」
ならばサリエル、と耳打ちされた。
「俺が今、おまえとこうしていることに何かしらの意味があるとでも? 」
そんな言葉を残して、アラキエルはぷい、といなくなってしまった。
この、行き場のない苛立ちをどうしろと言うのだ。
それこそ意味のないことだ、と、サリエルは結論を無理やり腑に落とさせ、監視を再開した。
―――ほんの少しの懐かしさとともに思い返される、天界での日常。
「アラキエル、あの弔いの意味がやっとわかったよ 」
あの時、貪られた娘の肌より青白い、無機質な『神の英知』で構成された世界。黙しても語るあのアラキエルの、あまりにも静かな墓標は、触れると突き刺さるように冷たい。
あれは鳥葬。魂の抜けた肉体を、天の国へ帰すための儀式だと寵愛者の一人が教えてくれた。不可思議な形をした塔に死体を持ち込んでいた人間たちは、鳥を介して故人を天に帰そうとしていたのだ。
神に成り代わり、人々を統べる王になると豪語したアラキエル。ネザー化して大鷲となった姿は、あの時の鳥たちと似ていた。この世界も天界とそっくりだ。
後悔があったのだろうか。
いや、そんなはずはない。そんな生半可な気持ちで、神に背くことなどできるはずがない。むしろ、同じような世界を作って神を超えようとしていた、とでも言う方がアラキエルには似合っている。
不遜な笑い声が思い起こされて、サリエルは踵を返した。天へ送られるより愛する者の傍らにいることを選んだ者たちが、彼の帰りを待っているのだから。
end?
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アナザーエルシャダイの企画を受けて、再校正。
周囲の評判が異常によかったので、調子に乗ってみました。
エルシャダイ原作小説/PHP研究所
