ボランティアについて、あまり書くといやらしくなるのだが。
ご縁とはまか不思議なもので。。。
相棒の伯母様がアメリカンスクール教諭時代から続けられていたボランティア活動、それを相棒が引き継いでもう随分の年数が経つ。
相棒の活動に賛同し、僕の生徒さんや、サックス繋がりのラーメン屋さん、燃料屋さん、そして演奏仲間もボランティア活動に参加してくれている。
今もそれは進行中。
末期に近い癌から生還し、その時受けた何かを感じて、僕もボランティア活動に参加し始めた。
僕は力仕事での協力はできないので演奏での活動。
病院、重度障害施設、特別支援学校、養護施設が多い。
キーボードがあれば、相棒と組んでいろいろ出来る。
半年の入院生活、老人会の趣味の踊りの方々がボランティアとして来て踊って下さった。
大変失礼だが、その発表会的なパフォーマンスに肉体も精神も疲れた。
生きるか死ぬかの人間に対して行うボランティアは、最高のものを提供しなければならないとその時感じた。
そして相棒は衣装にも拘る。
ジーパンではなく、できるだけ盛装していく。
それが礼儀だと言う。
なるほど、この演奏を最後に旅立たれる方もいるかもしれない。
ジーパンにヨレヨレのシャツはいただけない。
僕達がボランティアで参加する受け入れ先は、多くのボランティアの方々が来ているようで、その対応も慣れていて全く問題がない。
返ってこちらが恐縮するぐらい。
このバランスがボランティア活動には大事だと思う。
僕の最初の師匠は、ある公的機関に属する吹奏楽団隊長だった。
故に演奏会や演奏においては、入場料とギャラは派生しない、できない。
そこで各地の商店街やイベントから出演依頼が殺到したという。
無料の物、文化、気持ちに人は、くれくれ病を発症する。
バランスが悪い。
こんな話題もあった。
ボランティア参加者、被災地に赴くも弁当持参ではなく、結果現地での被災者から食料を頂くというバランスの悪さ。
ボランティアを受ける側は、泥土の搬出作業時に、スコップの音を立ててくれるな、うるさいからとのバランスの悪さ。
なのでボランティアは本当に難しいと思う。
寄付が合理的かとは思うが、その寄付を受け扱う組織がねこばばしたり、経費として私用したりと。。。
まあ、、、
上手くいかない話もどこからか流れ聴こえてくると、考え混んでしまう。
ボランティアは、提供する側、受ける側、またその内容など、熱意とはまた別に高度のバランス感覚が要求される。
人をハッピーにさせるには愛だけではなく頭も肝心。
誠の愛ある人は賢い。
それを相棒の活動から教わった。
