毎度お騒がせいたします。
「Two Way Communicationによる情報交換」 が基本の恩師の[ 「以心伝心」をめざして『以信伝心』]は、〝暦(歳時記)〟と〝今月の言葉〟の構成で成り立っています。その 『以信伝心』 第1篇の結びに師が大切にしている彫刻家平櫛田中の言葉 「今やらねば 何時できる わしがやらねば たれがやる 」を紹介しています。 この田中の言葉を胸に私なりの『以信伝心』を2018年9月からスタートを切りました。 少しでも師の志に近づけられればとこの登山を始めました。ご賞味ください。6月号の『以信伝心』は例月通り「暦」から始まります。
・・・6月10日は 時の記念日。天智天皇が初めて水時計を用いたことを記念し、1920年に制定されました。「時は金なり」“Time is money”、薬師寺の故高田好胤管主は「今現在という時間を無駄にすることは時間を殺す、殺生のひとつである」と言い、「時」の価値は「金」よりも更に重い「命」であるとして、「時は金」を「時は命なり」と説いています。「継続は力(チカラ)」の継続が、さらに長く続くと、タ行五段活用の「チ」の上にある「タ」、「継続は宝(タカラ)」です。金→命、力→宝の発想はどこか共通しているように思えます。
さて、こう紐解く師の「以心伝心」を読み返して、新元号「令和」がスタートしてひと月を思う時、時代の変わり目の立会人として一人ひとりにとって新たな環境への順応のスタートであり、継続すべき事を継続すると誓う節目であるように思えます。私の勤務する会社にとっても大きな節目の年となります。時代の節目に自分の棚卸しも良いように思われます。取捨選択です。捨てるもの。継続するものの整理整頓の良い機会かもしれません。
「五十年先の当社がどうなっているか楽しみであります。」とは、創業五十周年を迎えた新年朝礼にて、当社の創業者が語った言葉です。丁度、入社して初めての新年朝礼です。それからほぼ30年平成時代を走り続けてきましたが、昨年八十周年を迎え、令和元年の今年、大きな節目を迎えています。私にとっても大きな節目となります。
続いて2006年6月号のー今月の言葉―は、
<知識を見識 に活かし、見識を胆識 に繋ぐ> <まじめを超える 非まじめ> <常識を破る 不常識> <知識→見識→胆識> <知識・見識→創識> <知識・見識→意識>「知識」(ある事柄にいて知っていること)は「識」(見分け知ること・考え)の初歩であり、知識がいくらあっても「見識」にはなりません。「見識」とは、物事の本質を見通す判断力であり、見識が立たないと物事は決まらない。『見識の次に実行と言う段になると、肝っ玉が必要になる。実行力これを「胆識」と言う。』佐藤一斎「重職心得箇条」の解説の中で、人物学の権威者安岡先生は実行力について「胆識」が必要と解釈しています。私の先輩はこの実行力について、「新たなものを創り出す力」と位置づけ「胆識」の代わりに「創識」と表現しています。私は 実行力には「何かをしたい気持ち、意思、考え」を表す「意」を充てて、極めてオーソドックスですが「意識」という言葉がふさわしいのでは、と勝手に思っています。とあります。
いやーよくぞ今―今月の言葉―がこの言葉かと思います。時を超えての師の薫陶、若しくは天命と感じます。死して尚、教えを戴くとは・・・。今更ながら変わらない「以心伝心」のチカラを感じます。「胆識」、聞き慣れない言葉が故、心に残ります。「胆識」、それは『見識の次に実行と言う段になると、肝っ玉が必要になる。実行力これを「胆識」と言う。』(佐藤一斎)と紹介されています。今が決断の時、潮目と背中を後押しされている気がいたします。
昨日は、半期に一度の私塾の開催日で、その題材は昨秋に戴いた「〝考える〟を考える。」と、4月に追加された 「〝平成〟を総括せよ。」 の二つを合わせ時代の棚卸しを致しました。今回の最大の気づきは「時代は繰り返される。良きことも悪しきことも。」 との結論を得ました。その上で「今何を為すや。」を問い続けることが次なる宿題となり、これから数か月かけ、次の10年の方向性を手繰り寄せようと思っています。
一方、最近出会った一冊をご紹介します。 〔能力を磨く AI時代に活躍する人材「三つの能力」:田坂広志〕です。まだまだ始まったばかり(=平成が終わったばかり)です。この時代の変わり目を理由に自分の棚卸しと共に将来への展望(取捨選択)を考えるのも、良い機会(チャレンジ)かと思います。
【参考:他に最近出会った本】 「天皇家125代」「キーワードで見る!平成カルチャー30年史」「歎異抄をひらく」
では、また来月、お会いしましょう。