毎度お騒がせいたします。
「Two Way Communicationによる情報交換」 が基本の『以信伝心』は〝暦(歳時記)〟と〝今月の言葉〟の構成で成り立っています。『以信伝心』第1篇の結びに師が大切にしている彫刻家平櫛田中の言葉 「今やらねば 何時できる わしがやらねば たれがやる 」を紹介し、この『以信伝心』を通して望む 「Two Way Communicationによる情報交換」の長い登山のスタートを切りました。 さて2006年3月号の春暦は次のように師は語っています。
3月は弥生(やよい)「春はあけぼの。ようようしろくなり行く、山ぎはすこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる。・・・」(春は曙、しだいに空が白み、稜線に紫の雲がなびくのがよい・・)。有名な書き出しではじまる清少納言の『枕草子』は、のどかな春を表現していますが、初春3月は1年の中でも最も気温の変化が激しい月、この時期が「三寒四温」と言われる所以(ゆえん)です。
実は師は「3月は弥生(やよい)」の始まりを12年(12篇)のうち、実に11回この始まり方を用いています。相当気に入っている響きなのだと思います。歌が上手で江戸っ子の師の小気味よい片鱗が垣間見られます。たぶん「春はあけぼの」にかけて、粋なことをサラッと続けていたのだろうと思います。
私はというと「三月」の声を聞くと吉田拓郎の「春を待つ手紙」を連想し、拓郎続きで師が好きだった「元気です」が思い出されます。この吉田拓郎の「元気です」や川島英五の「時代おくれ」は良くカラオケで師が歌われていたのを覚えています。
特に「元気です」の四番「・・・どれだけ歩いたか 考えるよりも しるべ無き明日に 向かって進みたい ・・・・」の歌詞を大切にしていたように思います。
さて世の中では3月というと2011年(平成23年)以来「東日本大震災」が報道の中心で、今年も早々と「震災の最中に被災地で生まれた子」の〝今〟や各地の「避難訓練」番組が放映されています。先月27日には「東北から関東沖で30年以内にM7~8の大地震の可能性が高い。M7級でみると90%以上」とのニュースが発信されています。
天皇陛下が在位30年式典でのお言葉でも、平成の災害を取り上げられていたことは記憶に新しいことと思います。 元年(’89)伊豆半島東方沖の群発地震から始まり、5年(’93)7月12日北海道南西沖地震(奥尻島巨大津波)、6年(‘94)北海道東方沖地震、平成7年1月17日阪神・淡路大震災と立て続けに地震に見舞われ、12年(2000)には新島・神津島・三宅島近海の群発地震と三宅島噴火。同10月に鳥取県西部地震が起きています。十勝沖地震(’03)新潟県中越地震(‘04)。長岡技術科学大学に学んだ私にとって山古志村の壊滅的な打撃は悔しくて忘れられません。そうして2011年3月11日東日本大震災(東方国地方太平洋沖地震)の発生です。戦争の無い時代を日本は過ごせましたが、災害(天災・異常気象)の多い時代であり世紀の始まりなのかもしれません。
さて、今月の言葉で師が2006年3月号で紹介しているのは、次の3篇です。
孔子を紹介して〝モノの上達の術〟を「知<好<楽」と説き、史記をして〝トリノオリンピックの日本人女子選手の一気呵成の活躍ぶり〟を讃え、司馬遼太郎をして〝心得〟を説いています。
私は少年サッカーを教えて17年になりますが、この3つは指導の〝心得〟に通ずると思っています。特に司馬遼太郎の「人は陰気より陽気であれ。叱る言葉も陽であれ。」が好きで、孔子の「知<好<楽」を導くにはとても大事な〝心得〟だと信じています。「指導と称して感情をぶつける指導は指導にあらず」と思います。指導とは「〝気づき〟の手助け」であり、「好きでいること、たのしいこと。」の〝気づき(機会)〟を提供することだと思っています。生意気言いました。失敬。
さてさてこの〝「以心伝心」をめざして『以信伝心』に寄せて〟の命運も、小生の「人間力」によるところ大であり、この「人間力の登山」は始まったばかりですが、少しでも心寄せて戴けるよう精進してゆきたいものです。
では、またお会いしましょう。