うちの家族構成はというと、父、母、私。


というようだが、実は兄がいる。この4人が一つ屋根の下で暮らしている。

歩いて10分くらいのところに95歳の祖母が基本、一人で暮らしている。

嘘じゃなくなく・・・



まずは、兄。

悪い奴ではないが、なんといいますか・・・・

カレーでいうとスパイスが足りないというより、入れ間違えたような感じ!?

悪気はないのはわかるけど、デリカシーがないというか、考え、思いやりに欠けている。

かつ、性根がないときた。

なんで、いつも母とあたしのかんにさわらせては怒りを覚えさせる。

そして、文句を言われてる。

一歩間違えたら、ワイドショーに出そうな気もしないでもない。

最近のニュースで妹が殺された事件のときは、「殺されるよ」と冗談めいた話を

4人でした。

「そうよ、殺されるよ~」と兄が言う。

まだ、冗談が言えるので大丈夫かと思おうがどうだろう。。。


出来事に対し、一方から見てるようにしか思えないし、

もちろん、弱い立場からみるのももっともだけれど、

違う観点から見れば違う何かも見えそうな気がする。


過ぎた事もだけど、これからの事がないのかな!?

理想論ばかりのような気がする。


話がそれた。。。



次、

うちのスーパ-ばあちゃん。

95歳にして肉眼で新聞を読む。

片足が若い頃から悪いけど、ゆっくりなら杖をつきながら一人でも歩ける。

だから毎日の日課は30分の散歩。

何でも食べるし、毎日ビールをコップ1杯飲む。

洗濯だって干したり、たたんだりもしてる。

基本、一人というのは以前は祖父と叔父と3人で暮らしてたけれど

2人は他界した。

それからうちに来れば!?

というい話もあったけれど、祖父との思い出の家を離れたくない、

仏さんを守らねばと言って来ない。

言い出したらきかないのは、天下一品。

ニュースで老人が寂しく死んでたというニュースとかがあるので、

一人にするのは忍びないと父が言って兄弟でローテーションを組み、

交代で泊まりに行っている。だから基本一人暮らしだけれども、

毎晩誰かが家の中にいるので一人暮らしなわけでもない。

祖母には8人の子供がいて、戦死で2名、病死で2名なくしている。

4人でローテーションを言いたいところだが、1人が祖母と馬が合わないのと

病気を患っていて来れない。3人でローテーションを組んで食事とかの面倒をみてる。

何でも自分でするから、食事の面倒くらいと話相手くらいかな!?

餅つきがあれば、人一倍世話はやくし、ほんと、驚くほど元気で、とんちもきいてるし、

入院だってしなくても良い入院を1週間したくらいでどこも悪くない。。。



とまあ・・・こんな感じ。





昨日の夜は、修学旅行の準備をするように、これはいるだの、いらないだの、

あーでもない、こーでもないと言っていた。

癌にいいという飲み物をもらい、それについて調べてたら、

「フコイダン」たるものが癌にいいと発見!

「フコイダン」と言っても、値段もピンキリで何がいいのかわからない。

とりあえず、いくつか資料請求してみた。


納豆が騒がれている今、ダイエット効果はないけどやっぱりネバネバ系は体にいいのは、いいみたい。

「フコイダン」も海草のネバネバががいいと書いてあった。

サプリ、食事と両方から摂取しようと思ってるみたい。

前向きで、よろしい・・・・


で、今日は母の入院する日。

兄がまた馬鹿なことを言うもんだから、母がたたこうかと思ってスタスタ歩いたら

靴下が滑ってすっころんだ((>д<))

脊柱がずれやすく、ちょっとの衝撃に弱く、しょっちゅう整体に行っている体なのに、

よりによって入院する朝に衝撃を加えんでも・・・

ずれてないといいけど・・・

あたしは、頭が重い。。。


しばらくすると電話がなった。

珍しく家の電話が朝から鳴るなんて・・・

母が出た。誰かな~と思いつつあたしは朝の準備に追われる。

後できくと95歳の祖母だった。




「一緒について行ってあげようか?」




とのことだったらしい(笑)


気持ちは嬉しいが、そうなるとなにかと時間とかで逆に・・・ねぇ・・・σ(^_^;)

ということで今日は待機をお願いしたみたい。


恐るべし。うちのばーば。

その気合に頭が下がります。


大きい荷物をいくつも抱えて行きました。

これから両足踏ん張って、腹くくって乗り越えなくちゃ!

頑張れ!!

朝から気合を入れて美容院に行ったようだ。

元々行くつもりだったし、しばらく行けなくなるから今日行ったようだ。

CUT、カラー、パーマと半日かけてやってきたみたい。

よくやるよ。


午後から仕事場に行き、休んだ分、これから休む分の仕事をし、

人に任せるよう少し整理をしてきたようだ。

頑張るな~



そして、あたしが土曜帰ったら我が家には人が多かった。

保険屋さんとか親戚とか・・・


まずは保険屋さん。

癌と診断されたので●00万がおりるらしい。

こちらは第○生命の方なんだけど、

「癌保険は一番アメリカン○ファミリーがいいんよ」

癌になる前に教えてほしかった。。。


別の部屋には親戚が。

入院するには世帯が違う人の保証人がいるらしくそれを書きに来てくれた。

入院費を払わないときのためにね。世の中いろんな人がいるんだね。


後は、喉にいい、癌が治ったという秘湯があるらしく、

でも曖昧な情報なのでP.Cで捜索中でしたが見つけきらず

うなっていました。

あたしが探すとすぐ出てきたけど、どういうこと!?

ちょっと遠いし、少し値段は高めだけど、これで効くなら安い。

すぐにでも行きたいところだけど、時間がないので退院後時間を見て行きたい。

TVの情報がもとらしいけど、大丈夫なのかな~

最近、世間は捏造問題で騒いでいる。

ここも、捏造でないといいけど・・・もし行ったらここにも書こうと思う。



夜はゴソゴソと相変わらず片付けを頑張っている。




昨日の夜寝れなかったのと、昼間の美容院とか仕事とかもろもろで

疲れていたのでしょう。土曜の夜はすんなり寝れて、ぐっすり寝れたらしい。




うちの父は消防士。

日曜はというと、出初式に行った。

寒かった。暑がりの父、ちょっとやそっとじゃ寒がらない父もさすがに身震いしていた。

父は今年3月で定年。最後の出初式。

なんで、あたしも見に行ったんだけど、かっこいい。

もちろん父がってわけじゃなく、いや、父も含む程度なんですがとにかくかっこいい。

レンジャー服の人、制服の人、団員が行進し、そのあと消防車、救急車、はしご車とかいろいろ行進するんだけど、

子供たちがあこがれるのがすごくわかった。

無茶苦茶かっこういいわ!

幼かったころはそんな風に思ったことなく、年を重ねればあまり接する機会がなく見なかったから

もちろんそんな風に思ったことがなかったけど、久々見てグッときました。

改めて父を尊敬しました・・・


母はというと・・・

病気のおかげで(!?)照れずに父が一緒に写真におさまってくれたことにウキウキ。

そして、国旗掲揚で涙が出てきたそうです。

父と母が結婚してたぶん32年。

職場が100m離れてない、車が1台しかないということもあり、

32年間一緒に通勤の行き帰りをしていました。

「あ~一緒に32年間通ったな~」

と国旗が揚がっていくのを見ていたら涙がでたようです。

何がフラッシュバックしてきたのかはわかりませんが、きっと

喧嘩しても一緒に通勤したこともあったでしょう。

笑いながら一緒に通勤したこともあったでしょう。

行きたくない日も一緒だったから行けたこともあったでしょう。

憂鬱な日、泣きたい日、いろいろあった毎日を一緒に通勤した日を

思い出しないたかもしれません。


今となってはどうかはわかりませんが、もし、母が病気になっていなかったら

同じように感じ、思ったでしょうか?

きっと嬉しくは思ったとは思うけれど、歩んできたことを振り返っただろうかと思います。


全てこれはあたしの中の「もし」の話だから本当の所は母にしかわからないけど

あたしにはそんな風に見えました。


誰が言ったのか忘れたけれど、

「全ての出来事には意味がある。偶然なんてひとつもなくて全てが必然なんだ」


どうして!?今!!


ということも、よく考えて、それに当てはめるとパズルのピースをはめていくように

うまくはまっていくような気がします。

母が病気になってあたしが思い、感じること。

父が思い、感じること。

そして、母自身、思い感じて今までと今、そしてこれからが

パズルが出来ていくように少しずつ見えてきそうな気がしました。



午後から入院の準備。

必要そうな物を買いあさる。

かわいいコップやスリッパ。他もろもろの雑貨類を買ったり、洗面道具一式を揃える。

パジャマはあーでもない、こーでもないと悩んだり。

なんだか、子供の修学旅行の準備をしているような錯覚に陥る。

が、間違いなく入院。

一財産使ったような気がする・・・



夜はまた、大片づけ。



日曜の夜は寝つきが悪いらしく、起きてきて居間でまたウトウトしてた。

あたしは起こさないよう気をつけて、寝た。



かったけど、閉めるドアの音で起こして閉まった(>_<)

ごめんね。ママ・・・




バカドアめ!!!!

母が癌の告知を受けてしまった。



事の始まりは、去年の暮れあたりのこと・・・

いつものように座椅子に座り、TVを見ながらウトウトとうたた寝を始めた。

すると、今にも死にそうな勢いで「ゴホッ、ゴホッ」とむせ返った。

その頃は「馬鹿じゃなの~」と大笑い。

けれど、その日を境に度々むせ返る。しかも、すごい勢いで。

「変だね~」という感じになって、少し心配にもなってきた。


そんな日々が何日か続いたある日、今度は耳の後ろが痛いと言い出した。

こうなると、かなり心配だし病院に行って「大丈夫だよ。」というお墨付きがほしくなってきた。

病院に行くよういうが、やっぱり軽いむせ返りと、少々の違和感程度の痛みでは病院に行こうとしない。


そうこうしていると年も明け2007年。


相変わらず、むせている。申し訳ないが笑ってしまうときもあった。

その度に病院に行くようにいうが、腰が重いようであった。

たいてい、くよくよ悩むよりチャッキっと病院行ってスッキリしたがるタイプなのに

働いているせいもあって時間がないのかどうかしらないが、ちっとも行かない。




あたしの仕事中電話がなった。母だった。

「即、総合病院に行くように言われた~」

「えーーーーーーーー!!!なんで?」

「ポリープができてるんだって」


何を思ったのか、急に時間が出来たのか知らないが「今日病院に行ってくるね」の

一言もなく一人で良いと聞いた病院に行ったみたいだった。



なんでも、炎症だと治そうとして白血球の数値が上がるらしいが、白血球の数値は安定している。

カメラで見るとなにか出来てて、これが良性か悪性かは細胞を取って見なければわからないらしい。

町医者の小さいところでは時間がかかるらしいので、総合病院でみてもらうよう言われたらしい。

それが11日のことだった。



母はすごく人騒がせな人。

10月頃の健康診断で引っかかり再検査となった。疑いは乳がん。

再検査が言い渡されたその日に、落ち込む前に親戚に乳がんにかかった人がいたので

情報集めに動いてた。

そのフットワークの良さが幸をそうし、ラッキーがかさなりました。

今は町医者の診断書がないと総合病院では見てくれないらしいということ。

(町医者を救うためのものだろうけど、面倒だし時間がかかる。

こっちは一刻一秒を争っているというのに!話がそれたけど、)

次の朝一に町医者に行き、診断書を書いてもらい、すぐさま総合病院に向かうこと。

次の日が週に1度の診察日。この日を逃したら1週間後になることを教えてくれたのだ。

おかげで悩む日々がすこしCUTされた。


あたしもその日たまたま休みだったので一緒に行ってみたら、まあ、なんと人の多いこと・・・

待って、待って、待って、やっと診察してもらえた。

まずは先生の触診&問診。

「あれ?おかしいですね~マンモは左で触診が右???とりあえず見てみましょう」

・・・


・・・・


・・・・・


「ないですね~」


「はあああああああああああ?」


「とりあえずエコー見てみましょ」


ということだったらしい。これも運良くあいていたのでエコーを見てもらえた。


「99%ないようですね~」


なんなん\(*`∧´)/


「とりあえず、マンモもとって安心しましょ。」

ということになったけれども、あいてなかったので、1ヶ月待ち。

1ヵ月後行きマンモをとってもなーにも映らなかった。

ただの誤診だったのだ。


こういう似たような、誤診、勘違いというような出来事が過去に何度かあったので

今回もまた、こんなことだろうとたかをくくっていた。


16日に一人で病院に行き血液、細胞をとったらしい。

総合病院は本当に面倒だ。一日でチャキッと検査終わらせてくれれば良いものの

19日にカメラ、2/6にエコー。

なんじゃこれ。

仕方がないんだけど・・・



そして、昨日。。。

昼前に電話がかかってきた。

「癌やった~(゚ーÅ)」


はじめ冗談かと思った。

マジにとったら、馬鹿にされると思った。母は茶目っ気があるからありえた話しだったし、

なにより母が癌になるとも思ってなかったし、根拠はないが癌ではないという確信があったから。

けれど、何度聞き返しても嘘ではないという。

あたしも母も電話ではあまり実感が持ててなく、少し他人事のようでもあった。



が、事実に母は癌だった。

病名「下咽頭腫瘍」


レベルとか詳しい事は入院し、検査してからでないとわからないらしいけど、癌だということには

間違いがないらしい。

そして23日に入院が決まった。


その日は事務所に一人だったので、もちろん昼ご飯も一人。

食べていると、なぜだか涙がでてきた。


ネットで検索するもいいことなんて書いてなくて、落ち込むばかり。。。

けど、呼んでしまう。

だけどまだ、癌レベルがわからないし、落ち込んでてもどうなるわけではないし。

開き直った。


母はというと、知り合いの癌患者に情報集めに走るらしい。

相変わらずの情報集めに余念がないのは、見ていて頼もしくもあり

戦おうとしていてこちらも少し気が軽くなる。


9時くらいにあたしが帰ると結構、明るい母がいた。

落ち込んではいるんだろうけど、どんよりとは落ちていないようだ。


情報集め、癌経験者と話したこと、父の態度で何かを思ったようだ。

さらに頑張ろう!という気になっているようだ。

が、何を思ったのか、家中を片付けようと意気込んでいる。

「片付けたら、むしの知らせやったんかね!?とか言われるからいつも通りがいいんじゃないの?」

と厄除けのように言うが、片付ける気マンマン。

やりたいようにやらせることにした。


あたしがお風呂に入ろうとすると同時に、父、母も寝るという。

あたしがお風呂から出ると、母が起きてきた。

やっぱり、さすがの母も寝れないらしい。

寝つきがいい、すぐ爆睡する父も今日は、母が起きたことで目を覚ましていたという。

父は父で、ショックだったのだろう。

最近忙しいので、睡眠不足が続いていたので、早く寝たいところだったが、

話し相手になる。気持ちは相変わらず前向きだ。よし。

話しているとウトウトしだした。いつもならベットに行くよう言うのだが、

今はどこであろうと寝れるとこが一番だ!と思いそっとしてTVを切って

あたしも寝ようと思った。

エアコンを切るべきがどうか悩んだが、部屋が乾燥するからよくないよな

と思ったので切った。すると、

「ピーーーーーーーーーーーー」

しまったΣ(・ω・ノ)ノ!エアコンを切る音がなってしまった。

バカエアコンヾ(。`Д´。)ノ

案の定起きてしまった。ごめんね(ノ_・。)






朝起きると、父も母も起きていて、母は宣言どおり大掃除中。

朝からよくもまぁ・・・


なんでも、

寝れずに映画を見てたら、父がトイレで起きてきた。

珍しくそのまま起きて、一緒に映画を見て、それから二人で1時間くらい寝たらしい。

その後大掃除を始めたらしい。

父も元気がない。

思う以上にショックなんだろう。

そんな父を見て母は「パパを残して死ねん!」とあたしに言う。

気合十分だ。

夫婦っていいなって思った。




父が今年3月に定年を迎える。母が定年まで8年ある。

「8年間、あたしが頑張る!食べさせてあげる!」

と言っていたが、父がいつ仕事をやめてもいい、億はないが何千万なら治療費に使っていい

と言ってもらえたことで、さらに腹がすわったみたいだった。

「結局、お父さんのすねをかじるんだね」と茶化しておいた。

なんだか良いほうに動いていくような気がしてきた。



そして、

あたしにできること・・・それを精一杯やろう


と決めた。