さきほど、FBに投稿した時、自分はいかに今まで、自分の衝動、気持ちに沿って行動して来たかということを思い出しました。
そして、それらの大半は、「衝動」「気持ち」であるが故、「目的」が特にないことに気付きました。

そして、ここ何年か、特に子ども達を育てながら(いやあ、育てたというより育ったではありますが・・)世の中を見ていて、いつの間にか、どんどん世の中が、「無目的に何かをいてはいけないかのようになっていっている」ことに違和感を感じていたことを思い出しました。

例えば、野球をする、とか、サッカーをする、
にしても、野球選手、サッカー選手になる、もしくは、・・・になってお金をガンガン稼げる大人になる為、でしかしてはいけないような。
何となく 楽しそうだから、やってみたいから ではしてはいけないような、

小中高校に於ける「キャリア教育」にしても・・。

ファッション雑誌も
「モテ髪とかモテファッション」とか・・。

な~~んか、私にしてみれば、
かつて私が宣伝部にいた頃に社長にプレゼンする為の「データ」とかいう、
「高感度タレント番付」のような。
手垢のついた陳腐な、
全く想像力をかきたてもしない、創造意欲もわかさない、
そんなタレントの名前一覧のような、

誰もが知ってる、
今ある、
手垢のついた、
陳腐な、
そんな職業に就く為

に、

必要とされることを

無駄なく、

しないといけないようになってる。

子どもも、大人も。
大人も、ちょっと何かをかじっては、その「先生」になったり、その「人」になったり。


なあ~~~んか、
自分自身がそういう観点では「何者でもなく」て、
今のこの世の中に於いては少なからず焦燥感を持ったことも何度もあって、
例えば数年前に「弁護士」になろうと思ったりしたけれど、
今、はっきり、
世の中的なラベル付けできない状態上等!
って思えるようになった。



有限会社ラ・ネージュ代表取締役の名刺が、まだまだあるはずなのに行方不明になって久しく、メールアドレスやFAX番号が変更になって新しくせねば、思っているのだけれど、その肩書きはまだ存在するけれど、今度作るときはやっぱり肩書きなしの名前と住所と連絡先で、
「ご職業は?」とか「何をされていますか?」と聞かれたら、
「見ていてください」とか「そのうちわかります」と答えるって感じかなあ。
何となく、La Neigeのロゴと、シンボルマークとThe Genuine Communication Creator は、そのままにして。


あ、
そうそう。タイトルの無目的のすすめ。
なぜそれを勧めるかというと、
目的を持ってすると、
目的を達成した時点で
あるいは、
その目的がなくなった時に
それをする意味がなくなってしまうから。
です。


「無駄」なことって何一つなくて、
たとえそれが職業に直接結びつかなかったとしても、
それはその人の「幅」を作ったり、
「楽しみ」となったり、
人間の浅知恵では考えつかない「何か」
となったりするからです。


うーん、
厳密に言えば、
無目的と目的を持ってする・・
のメリハリかなあ・・。


ただ、例えば今自分が「幸せである」
と、実感しているからろいってそれは、
「幸せになる」という目的を持って
何かをしたわけ
ではないことだけは確かなのでした。