先日久しぶりに、ちょっとした友人に会いました。

月経初日ってだけで大きな堕落かのように殺しにくる赤の他人が多くいた時期があり、

その時期に仲良くなった人です。

早合点して人を捨てすぎるなと言いたいのか、心配しにきてくれていました。

性別は違いますが、祖国など違うせいかどこか距離があって、付き合ってみたくても疑惑かってくらいしっくりこなかった相手です。

以前占有者であるテロリストが、いつも私の財産を外の日本人らに流しに行く時に、私のことをとんでもない表現で形容していて、「どうしても男にすら相手にされないあの田舎っぺ娘に、もう同情だけでもいいので相手にしてやってくれないか・・・」といつも囁いていたらしく、

話の蔓延と不衛生の蔓延がすごすぎて、しかしあのムーヴを何回繰り返しても誰も反省もしなかったのですが、その防止のために、テロリストのいつもの動向のタイミングに割って入ってくれていた人でもあります。

その人があの作り話を聞いていたというだけで複雑な気持ちすらするのですが(笑)


今日は阿部総理が、アメリカで真珠湾攻撃の慰霊碑をお参りに行くのに、オバマ大統領と会っていたそうですね。

日本の総理がアメリカの慰霊碑にお参りに行くところまで行ったこと自体にほっとしてしまいます。

なぜ誰かの友達のつもりで特定の国を攻撃しなければならないのか、日本のことはまるでフォローが追いつきもしません。

戦争が終焉を迎える頃に、あんなふうに日本だけを裁くための裁判まで決行されました。

個人的には東條英樹の外見が悪夢のように勧善懲悪に見えて、

間に入ったつもりなんじゃ黄色人種としてきりがないような、本当の不審人物だと見ただけで思いました。

あの時にすべての悪の原因と断定されたことになります。何故って文明開花の後ですし。

アメリカのことが、いつから堕落しているように映っていたんでしょうかね。

本音を言うと、軽薄でたいがい何があっても他人づらしかできない人達の集まりという印象がありましたし、誰かの友人になれるまでに、すごく時間がかかるような国です。

でも自分は堕落でなく、アメリカは堕落、というのは短絡的だと思いますね。

日本人はいちいち権利人なんかじゃないから、仕事してもなかなか疲れない存在なのだと自覚してほしくなる時があります。

日本人が節約をできるのは余所よりもどの文化に対しても無関係なせいだと思っています。

いつも日本人の抜け駆けに苦しんでいるのは相手のほうですね(笑)


最近まで、金銭的に制限をされすぎるし、ゆとりがあっても脅迫されますから、

全然物が手に入らなくて悩んでいました。

でも日本はもう、イタリアの文化的センスの商品をバンバン取り扱うようになりましたね。

つまり、上手く怒るしかなくなったと思います。

つらいことがあるなら尚更、ああすれば私は幸せなんだ、と信じることだと思っていて、幸せな気持ちになるまでに時間をかけるのはよくないことだと思います。


テロリストが、単なる占有者なのに養子の目に映る世界、という陰謀がはかどるならば、

それができないぐらいすごい距離にまで環境的に遠ざけることがいい。

環境と生活、まず世界観の存在を否定することだと思うんですよね。

テロリストに共通の習性として、「自分は落ちこぼれに対して怒ってやっているだけなんだぞ」という口癖を遣うところがあり、

余所のテロリストにも同じことを言われていた時期があるので、

既に何がどうとかじゃなくて、何もないのに芝居がはかどるほどの破廉恥な嘘があるだけであり、しかもすべてが無形物、という感じですね。

そして占有者であることと、しかも戸籍も付けること、ということだと思います。


私はやっぱり、もう本気になります。できるだけ。

昨日も通販に本名を名乗って、偶然抑えつけて悔しい思いなんかをさせないでくれと一筆申し上げました。

そうしたら、私がデザインや出資をした商品に関しては、クレジットや前もっての現金が要らない方法で注文するのを許して貰えました。

メールするまでは解ってくれていなかったんです。

なんとでもやります。