はじめまして。こなりといいます。
26歳アラサー女です。今年なんとか看護師5年目迎えました。

 なぜブログをはじめたのか、正直言うとなんとなくです。でもどこかにこの病気のこともっと知ってほしいなぁという気持ちもあったりします。堅い言葉とか難しい話とかなく、ありのままのあの頃の私の気持ちと周りの反応書いていきたいと思います。
 書いていくうちに私こんなに頑張ったんじゃん!すごいじゃん!と褒めてやれればいいなあ。

今日は発症に至るまでをお話しします。

 私は小学生の頃から頭痛持ちで時々痛み止めを飲むくらいでした。異常なくらいまで痛みが出たことがなかったのです。しかし小学6年生の時立ちくらみが何度かあり、脳のCT、MRI検査を受けましたが異常は見つからず、色々検査した結果、周りの人より三半規管が衰えてる事が原因だろうと言われ、それ以降立ちくらみもでるとなく日々の生活を送っていました。

 20歳の冬のことです。その日は突然やってきました。当時、私が通っていた看護学校の授業の一環で、看護学会に参加する事がありました。普段ど田舎の山の中に住んでいた私は学会会場のある都市部へ出てせっかくここまで来たのだから!となり、いつもの友達4人と某娯楽施設でオールナイトしよう!ということになりました。日付が超えていよいよ遊ぶぞ〜と意気揚々にローラースケートをし、楽しくボーリングをしている時でした。突然今まで経験したことのない頭痛が私を襲ってきました。一緒にいた友達ははじめ、いつもの頭痛でしょ?と思っていたそうですが、私の状態がいつもと違い、挙げ句の果てにその場に倒れ込んだことで異常に気付いてくれ、スタッフに救急車を頼んでくれました。
 救急車に乗ってからもわたしの痛みの叫びは止まらずびびる友達。そして受け入れが何件も断られて焦る友達。救急隊員に私の両親へ連絡してくれと頼まれ、
なんとか私の指紋認証ロックを解除し連絡をつけてくれました。時間は真夜中、家族も突然のことでパニックです。受け入れ先の病院のドクターに事情説明されてオペの同意をとられました。実家から病院まで大体3時間くらいなので家族が着く頃にはオペは終わっているだろうということでしたが、実際オペが終わったのは9時くらいだったそうです。
待合室で友達と家族は泣きながら待っていたと聞きました。オペ終了して友達が帰る前に一瞬顔だけでも。
と言ったそうですが、気管挿管しているわたしの姿を見たらショックを受けるのではないかと会えずにその日は帰ったそうです。

長くなりましたので今日はここまで!
次は私がICUでせん妄による悪態をついたお話をしたいとおもいます。