Water sLider

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~ブログ小説~

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僕は、夏が好きだ。

理由は、キラキラしてるから。

目に映るものがキラキラして見えるから。

春は嫌いだ。冬から春になろうとしている匂いが最高に嫌いなのだ。


今年も夏がやってくる。

当たり前のようにやってくる。

去年と違うのは、高校に入って、僕が元宮春樹を好きなことだ。

一層、キラキラする夏。

僕は、ランクを下げてでもこの高校に入ってよかったと心底思う。

元宮に逢えたから。

それだけでも、人生を得した気分だ。


校庭の隅にあるプールの水面が、僕の心に時間を刻むように

輝いている。

輝いて、揺らめくたびに、僕は元宮の笑顔を思い出す。

黒目がちな細い瞳を、細い一つの線にして笑う。

歯並びは決して綺麗じゃない。

でも、僕は、そんなところも好きなのだ。


「なあ、蒼井」

教室からプールを眺めている僕に、誰かが声をかけた。

後ろを振り返り、我に帰る。


元宮だった。


「なに?」

僕は気持ちを見透かされないように、冷静を保つ。

普段どおりの声で。

「あの…さ、この前、お前、時東と一緒に教室入ってきたじゃん」

元宮が、黒のワックスで固めたツンツンとした髪を触りながら言う。

「うん…」

僕は、目をまっすぐ見れずに逸らしてわざと黒板を見た。

「お前ら、なんかあんの?」

「え?」

必死な目をして元宮が言う。まっすぐな瞳で。

「いや…オレが気にしすぎなだけか」

元宮が、教室の隅っこで携帯を触っている時東を見て言う。

「なにもないよ。時東なんて、タイプじゃないし」

僕は元宮を慰めるように言った。

なんで、好きな人を慰めてるんだろうと不思議な気持ちになりながら。

「そっか。ならいいんだけど」

元宮は、いつもつるんでいる仲間に呼ばれ、「じゃあな」と僕の前から去っていく。

元宮から香る汗の匂い。ワックスの青林檎の匂い。

僕は深く息を吸い込む。


時東は、相変わらず携帯を触っていた。

そして、僕のほうを少し見た後に、何事もなかったかのように

再び携帯を触る。


僕の秘密をクラスの一人が知っている。

妙なスリルが僕の心を騒がせた。












































時東が僕の事を誘って、放課後、

毎日のようにファーストフード店に行くようになったのは

ここ一週間ぐらいのことだ。

僕は、家に帰っても特にすることはないので、なんとなく誘いに乗る。

学校から一緒に帰ると噂になりかねないので、

学校から一つ離れた駅のトイレの前で待ち合わせをしている。

一緒に帰るところを、元宮に見られたらたまったもんじゃない。

僕らはそんな関係じゃない。


「ねえ、蒼井くんはいつから元宮のこと好きなの?ってかあんな奴のどこがいいの?」

時東がピカピカに磨いた爪でストローの先を触りながら言う。

爪に夕日が当たって反射している。

「あんな奴、とか言うなよ」

「だってあんな奴じゃん。顔だけ。スポーツできるだけ。どこがいいんだか」

僕はハンバーガーを食べながら、上目使いで時東を睨む。

「…そんなに睨まないでよ」

ハンバーガーの嘘くさい味が口の中を充満する。

ああ、嘘くさい。世界が全て嘘くさく見えてくる。腐ってしまえばいいのに。

「っていう、時東は好きな奴いねえのかよ。彼氏くらいいるんだろ、そんな顔してるんだから」

僕はあえて「可愛い」とか「綺麗」という言葉を口にはしない。

きっと時東は周りから言われすぎていて慣れてしまっているのだろうと思ったから。

「彼氏は居るけど、好きな人はいないよ」

「は?」

「だからー、彼氏は居るけど好きな人は居ないって言ってんの」

意味の分らない女だ。僕もたいがい訳のわからない男だけど。


「もーね。私、ときどき自分が分らなくなって、あっちの世界に飛んでいっちゃうのよ。楽よ」

時東のポテトを食べる手が早くなる。

次から次に口に入れていく。

「あっちの世界って何だよ」

「だから、現実の世界じゃないどこか」

「ますます意味わかんね」

「自分で言ってて訳わかんないわよ。こんな事言えるのあんたくらいしか居ないし」

そう言って、時東は机でピアノを弾く真似をした。

真似というよりも、実際にやっているのだろうという手つきだ。

細くて綺麗な指が机をなびかせる。


「私、こう見えてもピアノやってんの。見えないでしょ?」

はっきり「うん」と言おうと思ったけれど言うのをやめる。

「ピアノを弾いてたら、向こうの世界に飛び込めるような気がするの。彼氏とか、恋愛とか、将来とか、

もうどうでもいいんだって。芸術の世界に飛び込めたら何で楽になっちゃうんじゃないかって思えるの」

「へえ…」

僕は、時東の言っていることを理解できないまま、頷く。


「麻薬みたいなもんよ。芸術は」


僕は、時東に惹かれることはないのだろうと思った。

普通の男なら、この美貌とスタイル、このミステリアスな感じのする時東は

魅力的に映るに違いないのだ。

でも僕にはそうは映らない。

時東になら、何でも話せる親友みたいな感情が沸きあがる。


「だからね、最近迷ってるの。現実世界に残ろうか、芸術の世界に飛び込んで帰らないか」

時東は机でピアノを弾く。鼻歌で音を奏でながら。

向こうの世界。

向こうの世界へ行けば僕も、元宮と結ばれることができるのだろうか。


ファーストフード店の入り口が開いて、

大嫌いな春の匂いが、僕の花に突き刺さる。

春は嫌いだ。

この匂いが僕の頭を狂わせるような気がするから。


僕は、時東の鼻歌を聴きながら、

窓の外の緑の葉に侵食されかけている桜の木を眺めていた。











































元宮 春樹(16)

高校一年生の涼と同じクラスのキツネ顔の男の子。

元気でクラスの人気者。同じクラスの時東サユリの事が好き。

バスケ部に所属。勉強はできないが、スポーツ万能な女子にモテる男の子。