小学校低学年くらいの結構小さい頃に気になっていたことがありまして、

それは、

『仲直り』に何の意味があるのか?ということ。

相手に何か悪いことをしたら謝罪する。

それが正解。だから仲直りする。

仮に許す事が嫌だと感じても、

そこで許さなければ

相手が謝り続けることになるか、相手と仲違いすることになる。

謝り続けられたら結局許してあげるしかないし、
仲違いは後々面倒くさそう。

だから結局は謝られたら許すしかない。




だけど、やるべき事が予め決まっているなら

謝罪や許す事の意味は一体どこにあるのか?

形式的な行動でしかないのに。

そんな冷めたことを思っていた。

けど、単純に私は主体的な人生経験が足りなかっただけなんだと最近思う。



人に嫌なことをされて本気で悔しがったり
傷付いたことも無ければ、

人に嫌なことをしてしまって本気で反省した事も無いからそういう結論に至る。




私はずっと形式的な表面しか見ていなくて

内面のことを全然見ていなかった。

だからそんな疑問が湧いたんだろう。

コミュ障の道は既にその頃からスタートしていたんだなと思う。