僕の家庭での役割は大きく分けて3つある。
1つ目はATM。
2つ目にドライバー(旅行や実家帰省時等)。
3つ目にプレイヤー(子供との遊び相手)。

土日はほとんど子供と行動を共にする。
家の中で遊んだり、ご飯食べさしたり、散歩行ったり、公園行ったり、おむつ替えたり…。
日曜日の午前は子供の面倒も見つつ、掃除機をかける。たまに、トイレや洗面台の掃除もする。

妻の役割は家事・育児。
平日の家事の大きな内訳は
たまにする掃除、2日に1回の洗濯、ご飯作る(僕に朝食は作らない)、洗い物、たまに行く買い物、オムツ替え、子供をお風呂に入れる…etc
こんなところだろうか。
おそらくだが、育児はほとんどしていない気がする。ひたすらNHK教育テレビやYouTube見せて終わりだろうな。
教養が無いのはしょうがないけど、絵本読んだりはして欲しい。

土日は僕がいるので、家事の負担は軽くなっているはずだ。
日曜日の午前はなんと2時間もかけて徒歩5分のスーパーに食料品の買い出しに行く。
平日は子供の面倒も見ないといけないし、感謝はしている。
土日になると途端に存在意義が薄れる。
(手抜き&美味しくない)料理製造機・片付けウーマンであること以外あまり価値を見出せない…。

本来お互い至らない部分を協力し合い、補い合うのが夫婦だろう。
家事・育児を「手伝う」という意識では無く、当事者意識を持って主体的に動くのが夫婦だろう。

僕らはそんな夫婦の理想像を模索したり、実現に向けて話し合うことも無い。
僕は僕の3つの役割を全うする。
妻は妻の役割を全うしてもらう。
完全分業制を取り入れているのだ。
将来的に子供の教育についても、分業制を取り入れることになるかもしれない。
マナーや道徳は妻、勉学は僕が教えることになるかもしれない。
曲がった人間に育ったら妻のせい、勉強の出来ない人間に育ったら僕のせい。
ここまで分業制にするのは流石に弊害が出るのだろうか。
夫婦関係が破綻している事よりも、それ以前に、親としての資質を疑われるのだろうか。
嗚呼、嘆かわしい今日この頃。