漢字にルビ(よみがな)を何故つけないのか?
3年のときの小堀さんとうお爺さん先生が、講義中に腐爛死体が腐らん死体と表示してあり、くさらん死体と読みがちと教授室に何かで来た記者に注意したと言っていた。この人は昔数学者らしい人であるが、前に座っている女子学生が気持ち悪そうな顔をしていた。当時は講義は午前中1こま、午後演習であったが、ちょうど昼前であったし、数学をやる者は、そうでなくても女性は聞いたことを即座にイメージ化するので、、、フェミニストではあったが。
難しい、難しくなくても、ルビを打てば自然と読み方を覚える。夜間中学に行っている人とか、近頃では外国の人のことなどに目が行かない。
社説が入試によく取り上げられると宣伝する、していたことも.。過度な受験戦争?は誰でも反対と思うが、とにかくおかしい。社説などそもそも読まない人が多いのだが、社説というのがそもそも居丈高。国民を啓蒙する任務があるとでも思い込んでいるのだろう。どないに難しいことでも、ひらたく説明出来る。でなきゃ分かっていないと言うことだ。現代数学の場合は、確かに現実を抽象して、現実から遠く離れているところがありはするが、国民が読む新聞なんだがネ。以前はインテリは朝日、岩波、NHKということであったが、全二者は生きた化石状態。
であるから発行部数(読者数ではない。販売店におしつけているものも含む印刷部数。紙を使うことは木を切ることを意味する。私の場合売れないから本を出すのを止めたが、さほど売れもしない本を一杯出している人はご立派な人だ)がかなり減って朝日は慌てている。また日本で最も嫌われてる新聞でもある。
戦争責任、あるいは首相の任命責任をいうが、反日的虚偽情報によって話をややこしくしたことの、あるいは先の大戦で国民を鬼畜米兵打つべしと煽ったこと、第一次安保のときの幹事新聞社としての行動、文革の時の造反有理などの今から見ればおかしすぎるのをデカデカ取り上げたこと、等に対する責任にはっきりわかる形で謝罪したことはない。逆に「そこまで言って委員会」で言い訳に終始している。であるからいつまでたっても化石なのだ。その種の記事を書いた理由は、朝日は発行部数を一番きにしており、それが裏目にでていることにある。何故裏目に出るかというと、国民、国より発行部数が気になるという本質的なものの考えに起因する。反体制的なことを書いてお騒がせをして売れるという、現今の週刊誌的発想。今は以前とは逆でTV,次ぎに週刊誌、新聞は一番あかんのだが、テレ朝はどうも最悪らしい。朝日ジャーナルなどあまり見かけないが。であるから朝日新聞はおしてしるべしということだ。
朝日は護憲(主に九条)をいうが、憲法の解釈があまりにも幅がありすぎるのはまずい。世界が平和となる道筋ははっきりしてきたから、その時点で世界に通用する大和の憲法をつくればよい。今、国論を二分してまでちょこちょこいじるのはやめたほうがいい。そういうようなことをしない、という和の精神に矛盾するからだ。検討・議論するのは結構と思うが。櫻井氏は美しい日本語で格調高く、というが、格調が高いことがどうでもいいとは言わないが、国民がよくわかり、心のよりどころとするものということが大事。英語直訳は出来ないと思うが、丁寧に補足して英語版を作るとよいと思う。そもそも既存英語に対応する概念ではむこうの二の舞になる。それによって悪の勢力が何か、地上天国(ぱらだいす)へのロードマップ(みちのり)がはっきりし、世界中の皆の衆と協力して進んでいくことが出来るのだ。個人の権利を言いつのる風潮が出来たのは、闇の勢力の思うつぼなのだ。朝日はそういうのが好きだが。人として共に大切にしなければならないものは権利という概念とは少し違う。防衛とか自衛とか日本ローカルの発想では世の中おかしくなるだけだ。おかしくしているその象徴が朝日新聞なのだ。
最近思うが、闇の勢力には古い、あるいは断片的情報しか伝わっていない、公平に伝わっていたとしても心で捉えないからおかしい判断をしているようだ。情報の伝わり方も瞬時という気もする。あくまでも空耳情報であるが。