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コンプリートジムブログ(COMPLETE GYM)

~人生を変える3ヶ月間~肉体改造はコンプリートジム

こんにちはSATOSHIです。

ある会員様が経営する会社では「親孝行ホリデイ」というのがあり、
社員さんは皆、両親の誕生日の日は休みになり、親孝行をする日だそうです。

今まで両親の誕生日には必ず何かプレゼントはしてたものの、
こういうことは親孝行とは何か違うなと思ってはいました。

親孝行とは何だろう?とよく考えるようになった今日この頃…

この親孝行ホリデイ、とても素晴らしいなと思い、丁度、父の誕生日が近かった為、
早速帰省しようと決めました。

その日の夜、父に帰省の電話をしようと携帯を取った瞬間、
まさかの父からの電話。なんという偶然…

「あ、父さん、今丁度電話しようと思ってたんよ。」
「次の日曜日、誕生日やね、帰るけん一緒に飲みいこうよ。」

父は、
「お、おお!帰ってくるか!そうかそうか!何時くらいや?」

いつも静かで無口な父の声が少し弾んだような感じ。

念のため母にも連絡。せっかくだから3人で行こうよと。


夕方の予約を終え、バタバタ高速バスに乗り、生まれ故郷へ。

2時間半ほどバスに揺られ到着。
地元では一番大きな?百貨店前のバス亭にて二人と合流。

ん~うちの両親はいつも思うけど見た目若いなー。
元気そうで良かった。

早速、予約した最寄りの飲食店へ。

父は、大の酒好き。365日毎日飲みます。
医者から控えろと言われても、「飲まないほうが逆に調子悪い」とか言う始末。

急性腸炎で入院し退院したその日から飲んで母から怒られてました…
ごまかすかのように「うまい!!!消毒消毒♪」と……もう何も言えません……

でもそんな父、酒を除くとあとは至って健康。腹も全然出ておらず、割れてるぐらい。
シワや白髪もほとんどなく、体の全ての細胞が若い感じ。
さすが、私の父。

そんな父、芋焼酎をロックでグビグビ。
それポカリじゃないとよ父さん…って言いたくなるくらい笑!

ほんと良く飲むもんだから、心配で途中から勝手に薄くしましたが気づきませんね…

そんなこんなで3時間ほど話しながら飲んだかな。
今の私の仕事のことや、今後の自分の夢、目標。子供のころの話や色々話したな~。

「親孝行とは何だろう?」

話しながらも考えてた。二人の顔をじっと見つめながら。

何か物をプレゼントすること?食事につれていくこと?旅行につれていくこと?

確かに素晴らしいこと。でも親からしたら別に求めてないことだし、
求められてすることでもないから、自分が感謝を込めてしてあげたいからする。
だとするとそれは親孝行だけど何か違う気がする…ん~

自分がこの世に生まれて、両親と共に暮らしたのは18年間。
高校卒業しそれからは県外へ一人暮らし。
サラリーマン時代は会うと言えば年に1度あるかないか。

両親はいつも「おまえがしたいならやればいい、好きなように生きたらいんだ」と。
これはダメだとか、これはやったらダメとか。私がしたいことを否定したことは一度もない。

今思えば本当にありがたい。私は思春期を含め両親を嫌いになったことがなく。
心の底から両親を愛しているし感謝をしている。

でも年に何回、親と接しているのだろう。
会いに行けなくても、電話で声を聴かすことは何度でもできるのに。

「親孝行とは何だろう?」

私が健康で病気をせず元気でいること。
辛いことがあっても逃げたしたくなっても人として腐らず進むこと。
毎日を楽しく幸せにくらしていること。
自分自身を大切にすること。
他人を傷つけないこと。

色々あるんだろうけど、
こういったことを飲みながら今の自分の状態を伝えれた気がする。

「HAPPY」だってことを。

こりゃ音信不通じゃ伝わらないよね。

8年ほど前かな、父の誕生日に何かプレゼントしたかったがご飯が食べれないほどお金がなかった為、手紙だけ贈った。

そのとき父は「今までもらったプレゼントの中で一番嬉しかった」と喜んでくれた。

恥ずかしかったけど私もそれを言われてとても嬉しかったなあ。
それくらいからかな、親孝行て何だろうと考えるようになったのは。

なぜ考えるようになったかと言うと、
中学時代の私自身の肉体にある。

私は、子供の頃から体格が人より劣っており、小さかった。
中学時は成長期が来ず背が伸びなかった。
皆が大人になっていくのに、私はいつまでも子供の体だった。
足も速く、体力もあった小学生の頃、
気づいたら全て負けていた。
気づいたら自分に自信がなくなっていた。
自分が嫌いで、自分の体が恥ずかしかった。
いつしかイジメられるようになった。
小学校の頃はイジメっ子だったから罰があたった。
自分の体がこんなチビでガリだからいけないと自分を責めていた。
いつしか皆から逃げるように一人でいることが多くなった。
自分のことを誰も知らない所に行きたかった。
週末は自転車で1時間かけて逃げるように祖母の家にいくようになった。
朝起きたら誰もいない世界だったいいのにと願っていた。
どんなに努力しても次の日、急に体が大人になるわけない、
努力のしようがないことに憤りを感じていた。

と、まあ中学時代はこんな感じ笑!
あまり記憶がなく。グレーな感じ。そのときを記憶から消去したかったのかな?

憶えていることで母に
「何で俺はこんな体なんだ!」とあたってしまったのを憶えている。

なんてこと言うガキなんだ!

そんなことを言ってしまった私に母は、
「皆と同じようにちゃんと生んであげれんでごめんね」と…

五体満足に生んでもらっておきながら何て親不孝なことを言ったんだと大後悔。
自分の部屋で号泣したのを憶えている。

ただ毎日、自分への嫌悪感と、成長期が来るのをただ待つしかないという
どうしようもない苛立ちから、本当に毎日苦しかったのは憶えている。

なんでこんなに皆より劣っているんだと…
男子として何でこんなに格好悪いんだと…
皆が特別に見えて羨ましかった。

僕は皆より「劣っている子」なんだと。

そう思っていた。

そこが今の自分へと変貌させるきっかけ。
始まりの自分。中学2年生の時の思い。

そしてようやく成長期が来たのは高校2年。

トレーニングをスタートしたのは20歳から。
背は多少伸びたものの、身長172cm 体重53kgのガリガリ。

もう我武者らに鍛えましたね笑!
中学2年からの思いを全て吐き出し!絶対見返してやるという強い気持ちと、
ガリガリの自分を一日も早く変えたくて、自分に自信が欲しくて必死に鍛えました。

気づけば皆よりいい体になってたからビックリ。
もちろん何年もあとの話し。

そこから自分の人生は変わり、
ありがたいことに指導者の道へ。

そして感謝されるようになり、大変恐縮だが私の体を尊敬の眼差しで
見てくれる方が増えた。

そのとき本当に心の底から両親への感謝の気持ちが湧き上がった。
生んでくれてありがとう。二人の子供で本当に良かったと。

「親孝行とは何だろう?」

両親から授かったこの体を活かし、自分の今までの経験を活かし、
世の中に貢献すること。

自己表現の一つのツールとしてトレーニングを活用し、
体が変われば人生が変わるということを表現すること。
それは両親から受け継いだ才能だということ。

二人の子供として生まれたことに感謝をし、そして日本人として誇りに思い、
自分の存在証明を世の中にしていくこと。

あのとき両親も辛かったと思う。責任を感じていたと思う。

でもこの体に生んでくれたからこそ、今の自分があり、
あの経験のおかげて今、最高に幸せだということ。

この思いを世の中に表現していくことが、私の中での「親孝行」だと思っている。

中学2年のとき私は、「劣っている子」だと思っていた。

しかしそれは間違いだったことに気づいた。
とても幸運な子なんだと。

父さん、母さん
今では子供の頃の自分をこう呼んでいるんだよ……


















「特別な子」だったと!

またお盆に会おうね~♪

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