文章を書くのがあまり得意ではありませんので、途中読みにくい点
ブログのスタイルとしては、私の付け焼刃の知識ではアカデミック
もちろん、ソースが、信頼できる先生や、研究者の方の情報であれ
さて、本日は初回なので、なぜ私が現在の大学に入学したかを、
さっそくですが、初めに結論から言うと、入学を決意した動機は、単純に父の職業が歯科医師だったからです 。それ以上は深く考えずに入学を決めました。
この動機は、歯科大生では、ありきたりな理由かもしれません。
ただ、誰かに押しつけられたのではなく、あくまでも最後は自分の意思で決意したことは確かです。
中学校では全国大会で3位入賞、そしていわゆる名門校と呼ばれる高校 に入学しました。
今となっては、ある程度高いレベルの中でサッカーをするという、恵まれた環境でプレーできていたのだなと感じています。
ただし、ここで誤解してほしくないのは、決してサッカーをしていたのがが悪いとか、サッカーそれ自体が悪い、という事を言いたいのではありません。
名門校でサッカーをしているというブランドに、しがみついた生き方を選択していた自分 が、今思うと愚かであったということです。
サッカーは素晴らしいスポーツです。「サッカーは子供を大人にし、大人を紳士にする」という格言があるくらですから。笑
全ては、自分の責任であった。今は、そう強く思います。
しかし、そんな生活にも転機が訪れます。
きっかけは、高校時代はチームとしても、個人としても実績を残すことができなかったため、大学へはスポーツ推薦ではなく、指定校推薦で 入学することになったことです。
高校入学時に描いていたサッカーキャリアとは異なっていたので、当時は、少なからず動揺していたのを今でも覚えています。
その時点で自分自身のサッカー人生に見切りをつけ、周りのチームメイトより早く選手を引退することを決意しました。サッカーに未練がなかったと言えば嘘になりますが、客観的に判断し、そのような判断を下しました。
その辺は、意外とドライに決断できたなと思います。笑
正直、辞める前は、サッカーを辞めることで、新たな人生が開けるだろう。そう思っていましたが
、実際はそうではありませんでした。
辞めた直後は、なぜか全てが、「無」に感じ、生きている心地が湧かずに、ふわふわとした感覚でした。
恐らく、辞めた時に初めて、「サッカーをしている自分」が、当時の本当の自分であり、物心ついてから、初めてサッカーのない生活を送ることに、戸惑いを感じていたのでしょう。
結局、それまでの自分は、名門校にいるという所属欲求に満たされていたと同時に、
名門校でサッカーをしているというブランドに、しがみ付きながら人生を送ってきたのです。
今考えると、恥ずかしいですし、当時はそのような考えの元で友人などに接していたと思います。
なかなか嫌な奴ですよね。私なら嫌いになりそうです。笑
ただ、当時は、サッカーが存在しない、そんな先の 人生がイメージできずに絶望していましたし、やっと、 自分自身が凄かったのではなく、名門校に所属し、サッカーをしていることが凄いと言われていたのだと、痛感できました。
ただ、そこで、自分の人生に向き合い、主体的に生きることを選択できるほどの器を、私が持っていればよかったのですが、残念ながら、当時の私にはそれができませんでした。
あくまでも、ブランドにしがみ付くこと。そればかりを自然と考えていたのだと思います。
浪人時代は、それまでろくに勉強をしていなかったので、必死に勉強したつもりでしたが、結局、私は心から「歯科医師」になりたかったのではなく、主体的に自分で切り開く人生を歩むことから、逃げていたのだと思います。
ただ、全力で逃げたのを今でも覚えています。笑
そして、1年間の浪人後、晴れて現在の大阪歯科大学に入学することになりました。
このように、入学した理由が、真っ当な目的を伴ったものではなかったので、入学後は様々な葛藤をすることになるのですが、、、、詳細については次回以降に書きたいと思います。笑
あまり長すぎても続きそうにないですし、ネタは小出しにするのがベターかと。笑
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。稚拙な文章なので読むのに苦労されたと思いますが、今後少しづつ改善していきたいと思います^^;
この動機は、歯科大生では、ありきたりな理由かもしれません。
ただ、誰かに押しつけられたのではなく、
その結論に至った経緯は色々とあるのですが、一番の理由は私の過去の人生観、ライフスタイルに起因 しています。
知っている方もいらっしゃると思いますが、私は幼い頃にサッカーを始め、小学校、中学校、そして高校卒業時までプレーをしていました。
中学校では全国大会で3位入賞、そしていわゆる名門校と呼ばれる
今となっては、ある程度高いレベルの中でサッカーをするという、
※ただ、個人としては大した選手でなかったですし、特に実績も残していません。運が良かっただけだと思います。笑
思えば、大きな舞台での試合や、海外を含めた各地の遠征、また、組織内での人間関係の難しさなど、様々なことをサッカーを通じて学ぶことができました。
この事に関しては、サッカーを続けさせてくれた両親、チームメイトや、指導者の方々には、今でも本当に感謝していますし、今後の人生でも生かしていきたいと思います。
この事に関しては、サッカーを続けさせてくれた両親、
そのような青春時代は、まさにサッカー漬けの毎日で、生活の中心はサッカーでした。食事、睡眠、入浴、etc、、、全ては試合でいいパフォーマンスをするのために回っている。私自身そのような感覚です。
そんな中、中学生の時に所属していたチームで結果を残し、名門校にスポーツ推薦で進学していく過程で、いつしかサッカーをしていれば、周りの人たちには褒められ、凄いと言われるような状態 になっていました。
このような環境下でぬくぬくと生きていたため、いつのまにか、驕りや、 余計なプライドが形成され、自分の中で「サッカーさえしていればよい」 という考えを抱くようになりました。
言い変えると、名門校に所属していることによる満足感(=所属欲求) に満ちた、もしくは、サッカーという一種のブランドにしがみついた主体性がない。気づけば、そんな人間へ私はと成長していたのです。
このような環境下でぬくぬくと生きていたため、いつのまにか、驕
言い変えると、名門校に所属していることによる満足感(=
ただし、ここで誤解してほしくないのは、
名門校でサッカーをしているというブランドに、
サッカーは素晴らしいスポーツです。「
しかし、そんな生活にも転機が訪れます。
きっかけは、高校時代はチームとしても、
高校入学時に描いていたサッカーキャリアとは異なっていたので、
その時点で自分自身のサッカー人生に見切りをつけ、
正直、辞める前は、サッカーを辞めることで、
、実際はそうではありませんでした。
辞めた直後は、なぜか全てが、「無」に感じ、
結局、それまでの自分は、名門校にいるという所属欲求に満たされ
名門校でサッカーをしているというブランドに、
今考えると、恥ずかしいですし、
なかなか嫌な奴ですよね。私なら嫌いになりそうです。笑
ただ、当時は、サッカーが存在しない、そんな先の
ただ、そこで、自分の人生に向き合い、主体的に生きることを選択
そのような、憂鬱な日々を送るなかで、気づけば、新たなブランド、軸探し をしている自分が存在していました。
具体的には、税理士や、公認会計士などいわいるブランド力のある資格について調べたり、TOEICやTOEFLなどの社気的に認められているテストなどを受けようとしていまいた。
そして、紆余曲折した結果として、私の父の職業である 「歯科医師」というブランド が身近に存在していることにセンサーが反応し、私は 迷わず、「歯科医師」というブランドに飛びつき、歯科大学を受験することを決断しました。
その決断とともに、当時通っていた大学を休学、そして中退しました。
具体的には、税理士や、
そして、紆余曲折した結果として、私の父の職業である
その決断とともに、当時通っていた大学を休学、
浪人時代は、それまでろくに勉強をしていなかったので、
ただ、全力で逃げたのを今でも覚えています。笑
そして、1年間の浪人後、
これが、私が現在の大学に入学しようと決意した理由です。
結局、心の底から歯科医師になりたいと思って受験したのではなく、 歯科医師というブランド で自らをコーティングするために入学したのです。
正直、恰好悪いと決断ですし、
結局、
正直、恰好悪いと決断ですし、
18歳の考えとしてはあまりにも単純だったと、今となってはそう思います。
このように、入学した理由が、
あまり長すぎても続きそうにないですし、
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
ありがとうございました^^
次回は、6回生の五條さんが担当する予定です。
次回は、6回生の五條さんが担当する予定です。


