自分の顔を自分の目で見ることは、できない!
単純なことに最近やっと、気がつきました。
→翻訳は、 ほんやく
を、検索は、検索パーツ
を、ご利用くださいませ。
人生の目的がわからない!
ずっと、探して放浪していました。。
宗教臭いの嫌いだし、哲学 縁遠いし。。大袈裟でした、スイマセン。
でもようやく、答えらしきものが見つかりました。えっ!
自分の目で見たもの。。
それが、
科学か宗教かはそれほど問題じゃありません。
命あるものはかならず死ぬ。
だから命は、「美しく輝ける」。
でも、目的は心理的な問いと哲学的な回答の中には、ありません。
なぜなら、問いの中にいつも、落とし穴が隠されていて、
納得できないからです。
たとえば、理解は後からやってくるとか、
自分自身で価値観を確立しなければならないとか、
人は考えで(理屈で)生きているのではないとか、
生きている意味は自分で見出すものだとか
「わからない」と言うことを受け入れようとしないの?真実を知るためにあるの?
実は、そんなことじゃないのです。
もちろん、意味があるもないもないみたいな、
物理学や生命学を否定することでもない
のです。
生きていることが何かの手段?
生きているコトが目的であるというのは仮定?
違うよ実は、もっともっとシンプルなもの。
それに気がついてしまった。。
アメブロ 不安定だ。。なかなか、書き進めない。
人生の目的について
答えに近づくヒント
自分を否定しない。
他人を否定しない。
意味を教えてくれる人を信用しない。
与えられたモノで、生きる道はかわらない。
必然的に生じた生物(人間)に、必然以外の意味がある。
「諸行無常」ココロも世界も常に変化している。
目に見えるもの、肌で感じられるものを否定する。
知ること・動くことは、生きることではないということ。
病気であることも、金持ちであることも、関係ない。
家族があることも、片足がなくなることも関係ない。
悲しみも、辛さも、喜びも痛みも、不安も、希望も。
もちろん、孤独と快楽も意味があり、説明できる。
太陽が昇ることと、ネットに浸ることが、同義語になる。
文章を書くことは、得意ではないけれど、
何かまだ遣り残した事があるような気がしている、
何かしら、自分の使命に疑問があると感じているなら、
お暇なら、どうぞ、先を読み進めてくださいませ。。
。。孤独で、寂しがりなのは、同じです。。
人生の目的?
たとえば、こんな意見が、検索すると返ってきます。
生きることが目的だよ。![]()
成長し続けることだと思います。![]()
人生に決められた目的はないよ、答えがあったら
もはや生きる意味がなくなるかもしれません。![]()
いやいや、目的のない人生はさびしい。![]()
人生の目的は、「自分の人生の目的」をさがすことだよ。![]()
人生目標は「自分を育てる(幸せになる能力を向上させる)」ことでしょう。![]()
明日の幸せを信じて生きることを目標にしましょう。![]()
結果やゴールを求め、将来に何かを得ることかな。![]()
人生の目的の第一歩は、生きることだろ?
人生にはどんな目的もありえない!![]()
人生に客観的な目的はないでしょ。そうでしょ。今でしょ。![]()
ごめんなさい、「そうでしょ。今でしょ。」は、リズムです、勢いです。。
ただ、目的が先か 生きることが先かみたいでは、答えに近づかないですからね。
ド-ナツの真ん中の「ド-ナツが無い部分」を「ドーナツの穴」と呼んで「ド-ナツには穴があるよ」と言っています?。。
検索の中から、1つの答えを見つけましたので、ご報告させていただきます。
世の中に存在するものすべてに、理由があります。
それぞれが、意味をもって存在して「なぜ?」を待っています。
理由が、考える人間の数だけあり、答えがなければ、たずね、考えればいい。
自分の出した答え、見つけた答えから、逃げないことも重要だと思います。
私が見つけた情報は大したことないですが、これからの生き方に少し影響があるかもしれません。
大袈裟な言い方をすれば、運命を変えるための行動が変化します。
性格を変えるための習慣が変化してしまいます。
特に、いま、なにかしらで苦しんでおられる方にとっては、より意味があると思います。
苦しみの理由と意味付けが、希望に替わるからです。
It's show time ! (さあ、見せ場だよ!)
ヒトに固有のもので、決められた1つの定めがその存在を確定しているみたいです。
ココロは、何処にあるのか、何に依存していたかがわかります。
身近には、幼児の行動を観れば案外、簡単に気がついたのかもしれませんね。
DNAに書き込まれた情報の中身は、他の生物との違いを示していますが、生きる目的は同じです。
前置きが長いということは、結論は、すごくシンプルです。
結論の前に、もう一度、
人生の目的について
答えに近づくヒント2
同じ生き物であるのに、心もあるのに、ヒト固有の人生の目的などあるのでしょうか?
目的がわかっていないのに、生きています、本当にあるのでしょうか?
目的は、何のために存在しているのでしょうか?努力が必要なのでしょうか?
たとえば、
サラリーマンで、会社と家の往復だけ、朝礼ではいつも下向き、そんな人にもあてはまるのでしょうか?
たとえば、
自分の手首を切ることで、不安を解消している高校生に、当てはまるのでしょうか?
たとえば、
寝たきりで口が利けず、死期が目の前という人にも当てはまるものなのでしょうか?
たとえば、
引きこもり、ニートから、孤独死に至って、布団や畳は変色し、ウジ虫の抜け殻が遺体を埋めるもその過程にも当てはまっていたのでしょうか?
答えに近づくヒント2の補足
実は、悲惨な状況、不幸な環境くらいでは、完全体であるヒトの人生から目的を奪うことができません。
太陽に照らされた月は、実は丸いのに、見かけは、毎日徐々に満ち欠けをしているように見えます。
自分の心臓を自分で止めることができますか?
答えに近づく3つの提案
今日1日3回、周りの音(リズム)に耳を傾けてみましょう。
太陽(朝日)を思いっきり見上げて素直に何か感じてみましょう。
一度、指を、腕を、足を、口を、目を思いっきり開いてみましょう。
見つけた結論は、宗教でも哲学でもなかった。。続きで書きます。