とりあえず現地派遣という目標が無くなってしまい、ある意ルーチンワークに戻ってしまった鉄塔屋やです。こんばんわ。

なんていうか「緊張から開放された」という自分と「ふがいない」「情けない」「無力感でいっぱい」という自分が相反しており、日々アップダウンを繰り返しています。何だろうねぇ~。で、こんなぐずぐず感をどうやって整理するのが良いか模索しているのですが、ちょっと興味のある記事を発見しましたので一部転載します。


【共感疲労という二次災害】※抜粋
http://yaplog.jp/karadatoongaku/archive/50

=== 以下転載 ===

目撃者の罪悪感

今回、テレビやインターネットでその惨状を見ただけの人たちにも、うつ状態を訴える人が出ています。「自分だけが災厄から免れた」ことへの罪悪感から、救援に行かなくてはと駆り立てられたり、逆に何もできない自分の無力さに打ちのめされたりしてしまうのです。

これを「目撃者の罪悪感」といいます。

テレビでは毎日、震災の状況をつぶさに報道していましたし、インターネットでもさまざまな情報が伝えられていました。被災地にいる友人からのメールを見るだけで感情移入してしまった人もいます。

今すぐなんとかしてあげたい。何とかしなければと思う。これが共感ストレスです。

でも、何もできない自分が情けなくもどかしい。何もできないなんて申しわけない。これこそが共感疲労であり、「目撃者の罪悪感」なのです。うつ状態から不眠になったり、いても立ってもいられない不安にかられたりといった状態になることもあります。逆に、テレビや新聞をあえて見ないという人もいます。

最近は、共感疲労についての知識も広まってきましたから、もしかすると、「こういうのって共感疲労かな」と、自分でも気がついているかもしれません。でも、わかっていてもなってしまうのが共感疲労なのです。できない自分が悪いのではない。災害によって引き起こされた反応なのだと自覚し、援助を求めることが大切です。

=== ここまで ===

なるほど、通信工事の専門として現地に乗り込めなかった罪悪感・無力感がピークに達してしまい、何かしら「擬似的な達成感」を得るために猛烈に残業をしたり、気分のアップダウンを繰り返していたというの理屈は分かるような感じです(頭で分かっていても衝動を抑えられないですしね…)。

その一方で自分でなくても齟齬とが軌道に乗り始めた部分もあり、いわば「燃え尽き症候群」的に緊張感のスイッチが切れてしまい無気力な自分もいるので全体的に「気力ダウン」の波が押し寄せていると… orz


うーん、人間の精神状態って難しいですねぇ(と他人事にように言ってみるテスト)。

何か些細な事でも良いので、新しい目標を見つけないと精神的にアブないかなぁ~。まだ現地派遣の道はあきらめていないですけどね(ぉぃ)。正直、このまま現場作業が終わったときの反動が怖い…。

備忘録的に並べてみましたのでご参考までに。。。

【放射線関係】

全国放射線濃度一覧 ※非営利の個人サイトというのが脱帽
http://atmc.jp

神奈川県のモニタリングポスト情報(川崎&横須賀)
http://www.atom.pref.kanagawa.jp

川崎市の測定結果
http://www.city.kawasaki.jp/16/16kiki/home/housya/itiran.htm

【気象情報】

国土交通省MPレーダ ※普通の気象レーダより観測精度が高いので、より細かい降雨情報が入手可能
http://www.river.go.jp/xbandradar/index.html

落雷情報のリンク集
http://www.aobaya.jp/lightlink.html
【NHK公式HP】
NHKスペシャル「果てなき苦闘 巨大津波 医師たちの記録」

【関連番組】
石巻赤十字、石井医師(災害医療コーディネータ)はすごい!(県がだめなら国、国がだめなら日本は終わり:20万人の瀬戸際を救え)



率直に言って、この数週間の己の「ヒーローシンドロームを吹き飛ばすには十分な内容でした。


いや、通信系の専門技術者として現地派遣も何も出来ない焦燥感と無力感が混在する状況で精神的に相当参っていた(あるいみ自爆行為ですけどね)のですが、まず通信インフラの前に生きるために必要な最低限の物資の供給、救急医療、人命救助といったレイヤーから(それすらもままならないのが現実)…という状況であの修羅場に単身突撃して何が出来る?と考えたら所詮はなんちゃって専門家の通信屋の自分


答えは「お前の出番は正直無いよ」でした。


そして、たった数センチのガラス傷で破傷風に感染、生死を彷徨っていた方も現実的にはいる訳ですし、現地派遣されたら自分もリスクがゼロとは言えない訳ですよね。その他、現在の衛生状態から来る感染症リスクetc... 召集がかからないことを恨んだり、苛々しながら毎日を過ごす非生産的な(といよりも「自己満足」のためだけに行くことを進める)日常を送るべきでないと改めて感じました。


それが弱虫とか、意気地なしとか、未曾有の大震災へ何も社会貢献をしていないというネガティブな事ではないんですよね?


震災後の初動体制から相当緊張状態が続いたというか、同僚が次々と現場に派遣されるのを見て、何かアクションをしないと己の存在意義が無いのでは?と自分で自分を追い込んでいた所があったのは事実でして、「それ(へ件メンバーに呼ばれない)」=存在意義が無いと思ってしまうと精神的な糸が切れるんじゃないかという不安もありますが、まあ何ていうか「精神的に弱いお前は出たら、被災地から戻ってきたときに精神的なトラウマを抱えてしまうから出るな」という啓示なのかもしれなと最近は思っています。 はい。


もう少し緊張の糸を解かないと、精神的にマズいなぁ~と思う今日この頃です orz