またまた報告がサボリ気味でしたが、再び一進一退を繰り返しています。2度目の停滞期と言う所でしょうか…。
改めて体重を見て思ったのは、ピーク時から14キロ減と言う事ですね。確かに息切れはしなくなった上に糖尿を示す指標値が正常に戻ったのは絶大な効果ですが、専門医が期待した昼間の眠気はあまり変化無しですね…。やはり根本的に眠りが浅い状態を改善しないといけないみたいですね(とほほ)。
とりあえず作る回路と強力な助っ人を確保できることになったので、近所にあるパーツ屋にメールで在庫の確認。お店の方で必要なパーツは準備してもらえるという事ですが、お盆期間中はお休みになるため休業になるので助っ人の後輩のスケジュールも考えて8月10日に有給をとってパーツ屋に部品を買いにいきました。
店主の方は非常に親切で、今回製作するICラジオの回路をHPで確認していたそうで、半田ごてが使えれば小学校高学年でも大丈夫と太鼓判。しばらくラジオの製作で談義をしてしまいました(笑)
購入したパーツをケースに入れてみた。
そして8月14日。ラジオの製作本番です。お昼前に後輩が自宅に来てくれましたが、持ってきた工具を見てびっくり。気合入りすぎです(爆笑)。聞いてみると中高生の時から集めた工具の数々とまとめ買いした電子パーツの山らしい。
これは頼もしい!
…でも、腹が減っては良い電子工作は出来ないので(謎)甘いモノに目が無い後輩を連れて川崎のスイーツパラダイスで腹ごしらえです。
戻ってきてから早速作業開始。まずは電子回路部分の部品を平ラグ板に取り付け、一通り取り付け終わったところで半田ごての登場。使い方をレクチャーしてもらいながら部品を取り付けていきます。
電子回路部分が完成したらケースの加工を行い、ケーブルつなぎこんで一応完成!
出来上がったところで早速聞こえ具合のテスト…
あれ?ラジオ日本しか聞こえない?!
こんな事は無いのでどっかが間違っている筈。この時点で午後6時を過ぎてしまったので、我が家の定番になりつつある「鉄板蒸し」で夕飯を取りながら対策を考えた結果、半田がちゃんと乗ってなくて導通していない箇所があるのだろうから、チェックしてみようということで、食後に早速チェック。
…あれ?
バーアンテナのケーブルがイモ半田でちゃんとついてない(笑)
そりゃー受からないですよ。
ということで再度半田を施して受信状態をチェック
おおおおおおおお
NHK第一、第二、TBSラジオ、AFN(昔でいることろのFEN)、ニッポン放送、ラジオ日本と受信できたので申し分ない出来です。後輩も「私が来て中途半端な出来だったら問題だったので安心しました」との事。ホント助かりましたわ。
あとは昨年の鉱石ラジオとの比較や何でこんなに受信感度が違うのかをまとめれば宿題としては完成なので、ヒントを与え考えさせることにしました。
右:昨年作った鉱石ラジオ
理系離れと言われている昨今ですが、私自身も文系出身のエンジニアの一人として思ったのはどんな些細なきっかけでも良いので一からモノづくりをして完成をさせることで、「実験や工作って面白いんだ」とか「この機会ってどうやって動いているのだろう」といった興味と思ってもらえれば良いなぁと思う今日この頃です。
夏休みも終盤になり子供達の宿題も佳境を迎えました。
息子一号(6年生)は昨年鉱石ラジオを作ったのですが、近くにあるAMラジオ局(ラジオ日本)しか聞こえなかったため不完全燃焼であったこともあり、今年は絶対にリベンジしてもっと聞こえるラジオを作る!と意気込んでました(笑)
ということで…
今年のテーマは「鉱石ラジオより聞こえるラジオを製作する」という事になりましたが、単純に市販のキットを組むだけでは面白みがないし勉強にならないので、回路の勉強を含め「男は黙ってフルスクラッチ(ぉぃ)」という方針に…。
でも相手は小学6年生なので、あまり難しいものにチャレンジをさせると時間もかかる上に失敗リスクもあるので
1) 難しい回路はICを活用する
2) 調整が不要なストレート方式
3) 強力な助っ人を呼ぶ (笑)
こんな感じで進めることにしました。
まず課題1と2は前から電子回路を作成する上で参考にしていたHP(Let's Try 電子マスカット http://www.zea.jp/audio/ )からイヤホン式ICラジオを選択。スピーカーで鳴らせる方式も考えましたが、昨年の鉱石ラジオを製作した経験を生かして性能を比較させるため同じイヤホンで聞く方式に統一をさせてみました。
そして強力な助っ人…某電気メーカーで開発をしている高校時代の後輩をアドバイザーに依頼(爆)。報酬は昼のスイーツパラダイスで食べ放題という無茶振りでしたが、快く引き受けてくれました。
あ、当然の事ながら子供の宿題なので実機の製作は息子自身にやらせ、後輩には「工作の手順」や「かっこよく実装する方法」を教えるという教師役に徹してもらいました。
後編に続く