サヤのイヤイヤ期は二才を過ぎてさらに酷くなった
そしてこの頃からのサヤとの記憶が、生活の記憶が、かなりぼやけたようにしか残っていない
私の病状も悪化し始めていた
保育園でのサヤは
特定のお友達とだけ遊び
特定の先生にべったりとくっつき
周りの子たちとの関わりを持てていない感じだった
嫌なことは嫌で
嫌いなものは嫌い
食べ物で言えば、決まったものしか食べず食の細い子だった
それ以外の物を食べさせようとしても頑なに拒まれて、食べない、泣く
だからなのか、体調を崩しやすく
薬を飲まなくてはならないことが多かった
シロップは飲まない
錠剤は飲めない
粉薬は吐き出す
ゼリーに粉薬を混ぜたりしても飲んでもらえなかった
唯一飲めたのが
粉薬に少し水を足し小さいお団子のようにして、無理矢理喉の奥に押しやって
反動でゴックンさせるというもの
けれども、その方法も何回もやれば
さすがにサヤも何をされるのかわかって抵抗する
治らなければ仕事へ行けない
薬を飲まなければ治らない
とにかく飲ませなくては
そんな思いから、羽交い締めに押さえつけて飲ませたこともあった
何が嫌なのか
何に怒っているのか
わかりたいのにわかれない
騒いで、泣き叫んで
終わりの見えないその状態に
私もイライラが募り
何度、手を上げてしまっただろうか
もうやめて
うるさい
いい加減にして
言うことをきかなくて、トイレに閉じ込めたこともある
ごめんなさいが言えないサヤだった
自分が悪いことをしたことに気づけない
伝えても理解しない
私は泣きながら何度も伝えた
私も必死だった
それでもサヤは次の瞬間には
何事もなかったように甘えてくる
私の気持ちは何も治まってはいないのに
こんな生活が小学校へ入るまで続いた
それでも、そんな中でも
甘えてくるサヤは可愛かった
サヤの温もりは私を癒してくれた
寝顔はまさに天使で
サヤのために頑張れる
そう思えていた