ふむむ。人生、何があるか分からない…から面白いです。

 

我が家は6人家族になりました。約30年ぶりに母と同居ウインク

 

 

強い意志で道を切り開く時もあれば、熱いパッションで壁を乗り越える時もあれば、何も意図しない所で成るように成っていくことは、本当に多々、あります。

いやむしろ、「どっちでもいい、どうでもいい、流れに身を任せよう」程度の軽い気持ちの時のハプニングは、とても心地よく、人生の最適解だったり、します。

 

 

父が2017年1月に他界してから、母は、長崎市で広い庭付き戸建てに独居生活だったのですが、先週、上京し、同居生活となりました。

長崎の実家は弟が転居し、切り盛りすることに。

 

 

三男坊が産まれて手狭になったマンションから、家族の新しい生活を整えるべく出合った「この家」は、ちょうど上京していた母も一緒に内覧もしていて、「とても素敵な家ね!」と気に入っていた物件。

 

 

もし母が長崎で一人倒れても、看病にもお見舞いにさえ、どうやったら行けるというの?!という状況を想像すると、「東京で一緒に住む?」という提案は自然な流れ、でした。「ちょっとお茶でもする?」みたいな感じ。?

 

美術館に博物館、文化イベントが大好きで、俳句にエスペラント語に、カフェ巡りも大好きな母に東京生活は飽きることなし。親族等々も関東圏に多いのもあり。

毎日「遊びに」出かけるのを見て、私もキミハルさんも、「楽しそうでいいね~ピンク音符」と言っていたのでした。

 

 

 

姪っ子ちゃんが遊びに。girlは何とかわゆし!☆

 

 

 

 

家族だからこそ、日常生活の雑事、家事育児、看護介護、病気ケガ、諸々の「迷惑」は、「堂々と」かけ合う・助け合う。そこに遠慮が生じると、小さなストレスが溜まっていきます。迷惑という名に姿を変えた「(相手への)信頼と感謝」が確かにあり、そしてその循環は、水の波紋のように広がっていく(いって欲しい)というイメージ。

 

 

子どもたちが当然、今後、老いていくお祖母ちゃん(お祖父ちゃん)にどういう態度で接していくのか、どう感じていくかも、私たち夫婦が子どもたちに提示できるとても大事なジンセイ経験・・・と話しました。

 

何より、キミハルさんはいつも、「一番は貴方が楽しく、ラクで、幸せであればそれでいいのだ」と(一家の妻・母が笑顔でいるならば、間違いなく家族は幸せであり続けるという公式)、母と同居の賑やかな6人家族に誰より大賛成なのでした。

有難いです。

 

 

ミツオ君、久しぶりに会った初日は、「えーーーっと、えっと、この人、誰だったっけ!?」みたいにお祖母ちゃんをジー――ッと観察していましたが、ほどなく理解したか、「バーーーバーーー」と膝の上に。

 

我が家は1歳から78歳までの大所帯、我が家の日常から社会を鋭く見つめます!ニヤリ