学校から帰って、
自分でご飯を作って、
ママの帰りを待つ。


最初は、

「ありがとう」

「おいしいよ」

と言ってたママも、
すぐにそれが当たり前に
なって行って、


ありがとうって言って
欲しいあたしと

帰るのはほとんど
22時近くで、疲れて
余裕のないママと

喧嘩ばかりだった。



一人でご飯を食べるのは
淋しくて、友達を
呼んで、一緒に食べたり
もした。

一緒に料理して、
きゃーきゃー言いながら、
笑いながら。



すごく楽しかった。


友達と居ることが、
学校に行く事が、
楽しくて仕方なかった。


その時は気づいて
なかったけど、
きっとそんな時間が
心の支えになっていた。





週末になると、
ママはスナックで
アルバイトも
していた。

パパと離婚してから、
たまにお店に一緒に
連れていってもらう
事もあった。


大人のヒトたちとの
会話。

「しっかりしてるね」

と言われて、
得意げになる。


でも、それは
同年代のコたちから
したら、ただの、

生意気なヤツ。
「なにそれ...?」


「あんたは知らないかも
知れないけど、
パパとママはもう
とっくに別れてるんだよ!!」



やっぱりそうだったんだ。

って気持ちと、

どこかで認めたくない
気持ちとで

頭がぐちゃぐちゃだった。

そしておばあちゃんは、

「もうあんたの面倒なんて
見れない。他人になろう」
と言った。






おばぁちゃんの家に
置いてあったあたしの
荷物を全部運んだ。


小学生4年生の終わり頃
あたしとワンコで、
ママの帰りを待つことに
なった。
小学4年生。


この頃、
パパとママが離婚したことを
あたしはまだ知らなかった。


あたしがある程度大きくなって、
ちゃんと理解出来るように
なったら話そう。

パパとママはそう決めていた。

あたしは、家に帰ると
喧嘩ばかりに
なってしまうから
別居したんだ、と
聞いていた。

今までもパパはほとんど
家にいなかったし、
そんなに深く気にしてなかった。



ママは仕事で忙しく、
帰りが遅いことが
しょっちゅうで、
おばあちゃんの家で
ママの帰りを待った。


ママが仕事を始めた
頃は、近くに住んでいた
姉の"まみ"のところと、
おばあちゃんのところとを
日替わりに行き来していたが、

おばあちゃんと
おじいちゃんが
離婚して
引っ越してからは、
おばあちゃんの家へ
行くようになった。



おばあちゃんは悪いヒト
じゃなかった。
でも、離婚してから
どんどん性格が
変わっていった。


おばあちゃんはあたしに
パパやママの悪口を
いつも言っていた...



どんな人間でも、
あたしにとっては
パパとママ。
悪口や、知らない話しを
聞かせられるのは
たまらなかった。


何が本当で、何が嘘なの?


イライラして、
ママやおばあちゃんと
喧嘩ばかり。




ある日、またいつものように
おばあちゃんと言い合いに
なった。


そしておばあちゃんは、
絶対に言ってはいけない
一言をあたしに告げた。


「あんたのパパとママなんて、
とっくに離婚してるんだからね!!!」
小学3年生のころ

夜中目を覚ますと、
ママがどこにもいない。

夜中どころか
明け方の3時。

不安で眠れなくて
姉に電話をするが、

「すぐ帰ってくるしょ~
ワンコと一緒に待ってなさい」


と、取り合ってもらえない。。

待っても待ってもママは
帰ってこなくて、
テレビをつけると
悪いニュースを想像して
しまう...

耐え切れず、ママ方のばあちゃんに
電話をして迎えに来て
もらった。



車に乗ろうとしたとき、
一台車が駐車場に入ってきた...


ママが帰ってきた!!!



ママは、ストレスで
喘息の発作を起こして、
あたしに声をかける間もなく
救急病院に行っていたと
聞いた。


同じような事が、
何度か続いた。



あたしが無駄に怖がりなのは、
きっとこの時に作られたと
思う。
離婚することになってしまったのは、

パパの会社が倒産したことが
きっかけだった。


これはあたしが大きくなって
聞いた話だけど、

その時パパは、

"また一緒にやり直そう"

ってママに言って欲しかったみたいだ。



でも、ママはそう思う事は
なくて、
その頃にはとっくに、
ママの気持ちは
もうパパにはなかった。


原因は、パパの浮気。

週に1度しか帰らないのは
別に帰る家があったから。


ママは、パパの悪口を
たくさんあたしに聞かせた。
あたしが少しでもパパを
かばうような事を口にすると
必ず

「パパが良いなら、パパのとこに行けば」

が決まり文句だった。