今日は、昨年起きた3.11の事を記録します。
記録ですので、別にコメントとかしないでください。
【3.11】
私は当日休みで、今からリフォームの打ち合わせで建築会社が打ち合わせに来るっていうので待っていたら地震が来ました。
建築会社の担当は誰とも連絡がつかないまま私の家に集合。でも、今すぐ家族のもとに帰って下さいとその日のスケジュールはキャンセル。
だからこそ私はそこでリフォームしました。
こんな状況なのに、集まってくれた。
うちのじぃじは(私のおとん)肺が悪くて酸素をひいているんですが、避難の時はそれはそれは大変でした。一瞬だったので、おかんは一人先に外に出てるのに、おとんは奮発して買った高級TVを支えてる(笑)
男と女の差を見ました(笑)
あまりに揺れて、これは外に出ないとヤバイってなった時、鼻に酸素のチューブしたまま出ようとするおとん。チューブひっかかって外出れないしww
私はそれを速攻外しておとんをえんやこらって担いで外に出ました。(おとんってこんな軽いんだって思いました)
外に居てもグラグラで私も転んだし担いだおとんも最終的にぶん投げちゃったけどひとまず外には出れたって感じで。
そこから、こまちが帰ってきていないっていう現実があって、迎えにいかないとっていう使命感で向かったけど、途中の信号が全部停止していて、普段スムーズな信号がぎゅうぎゅうになってるわ(田舎なのに)
『これは今後何かある地震だ』
そう思いました。
校庭に避難して不安そうな子供たち。
遠くから見たこまちは笑ってたりしたけど、私の顔みて淚少し。
色々しっかりしなきゃとか考えてたんだろうなって。私を見て一気に糸切れて淚少し。
その次の日から私はずっと会社に缶詰でこまちには辛い思いをさせました。1ヶ月以上、帰り深夜2~3時とかだったと思います。
私も抱きしめたかったです。
それを出来なかった位、全てが尋常じゃない位慌ててたし、私もそれに伴って会社に貢献してしまった。
子供居ない子が多いから、会社に皆、復旧の想いを注いでてピリピリして。私の子供の想いなんか口に出せず。
あの時は皆大変だった。
私はこまちを犠牲にした。
こまちは凄い子。偉い
親は選べないからこまち、ごめん。
でも、子供も選べない。
こまち、ありがと。
こまちが子供で超~~~~~良かった^^